JINSEI STORIES
滞日本日記「20歳年上の恋人を紹介された父ちゃんからのアドバイス」 Posted on 2020/10/24 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、自主隔離が終わり、なんとか東京の街を歩けるようになった父ちゃんの携帯にジュリアンから「今日、おじさんにぼくの彼女紹介したいですが、お時間いいでしょうか」と連絡があり、相当に、相当に悩んだけど、ジュリアンには隔離中誰よりも世話になったので、これだけは避けられないと観念をして、出かけることになる。
雨だった。
父ちゃんの心も晴れないまま、何年ぶりかの銀座へと赴いた。
人がいねェ~~~。
待ち合わせた茶房もがらがらだった。
気が乗らないとついつい遅刻がちになる父ちゃん、店に着くと、すでに二人は奥の席で待っていた。
ジュリアンがぼくに気がつき立ち上がる。
横にいたミツミさん(仮)も立ち上がり、まるで妻のような感じで、お辞儀をされたのだけど、ジュリアンは数年前までは、息子同様、はなたれ小僧で、ぼくの家の近くでチャリ漕いでいた少年であった。
どうしてもその時のイメージが頭から離れないので、親みたいな気持ちになり、神妙。
ジュリアンのお母さんのメグ太郎の心中を察すると複雑な気持ちになるので、伏し目がちになってしまった。
なんとなくお辞儀をして二人の前に座るのだけど、いやだ~、この感じ。
「パパ、20歳年上のこの人と結婚します」うちの息子にある日言われるような気になって、一瞬、どどどーーーんと暗くなった。
「レモンスカッシュください」
お店の人に、気分を変えるためにスッキリするものを注文した。
ミツミさんはでも、思ったより、若々しかった。
ジュリアンが18になったばかり、ミツミさんはもうすぐ39歳、…。
でも、ジュリアンにあわせるために髪型とか服装とかかなり若々しくがんっばっている。
最近の日本の男子の傾向として頼りがいのある年上好きが増えているというのを何かの記事で読んだことがあった。
ジュリアンが20歳の時、ミツミさんは40歳。
ジュリアンが40歳の時、ミツミさんは60歳なのである。
この年齢差だけは変わらない。ま、しかし、それは結婚した場合で、今だけのヤングラブなら逆に年上の方がいいかも、と思ったりしていた。すると、
「ぼく、ミツミさんといつか家族になりたいんです」
と言われた。
飲みかけていたレモンスカッシュを思わず吹き出しそうになり、その炭酸とレモンっぽいものが鼻の管を逆流して、意識に逆らって咳込み、鼻からスカッシュが垂れるわ、テーブルの上にばら撒くは、せき込むんだから別のお客さんがコロナと思ったのか、立ち上がり、お会計をはじめてしまう。
とにかく、ジュリアンとミツミさんはラブラブで、でも、ミツミさんはやはり年齢差を気にしているようで、やや控えめに相槌を打ったりしているのだけど、ぼくのいない時にはけっこう、ジュリアンをぶいぶい牛耳っている絵が想像できた。
ジュリアンの悩みはメグ太郎がなかなか会ってくれない、避けているということで、ミツミさんのことをよく知ってもらってから、メグ太郎と繋いでほしい、というのが今日の主題であった。
ジュリアンがどこまで本気なのか、ぼくにはわからない。
小一時間、お茶を飲んだくらいでミツミさんがどんな人なのか、分かるはずもない。
「出会って一年になるんです。17歳の時に知り合って、ぼくの方から好きになって、交際を求めたんだけど、おじさん、ミツミには結婚歴があって、お子さんもいるの」
飲みかけていたスカッシュが再び鼻の管をぎゅんぎゅん逆流し、大爆発しそうになって、慌てて手で顔を覆い、噴き出すのを必死で我慢しなければならなくなり、あわや窒息死か、という状態になった。
レモンスカッシュ頼んだの、失敗だったかもしれない。
「…、そうなんですね」
ぼくはハンカチで鼻を拭きながら、そう答えるのが精一杯だった。
「じゃあ、もしかして、お子さんと二人暮らしですか?」
「ええ、そうです。今、カオルは10歳です」
レモンスカッシュをじっと見降ろした。半分ほどがすでに消失している。鼻の奥がムズムズしてしょうがない。居心地悪いが、大先輩として何かアドバイスをしないとならない。
「カオルちゃんはジュリアンのこと知ってるんですか?」
「ええ、とっても懐いています。でも、父親じゃなく、お兄ちゃんという目で見てるかな。しょうがないですよね」
そりゃあ、そうだよな、と思った。
真剣な顔の似合わないジュリアンだった。
やれやれ、気が重い父ちゃんだった。
お医者さんをされているミツミさんとは病院で患者と先生という立場で出会ったのだという。
その時、ぼくはフランスで有名な25歳差のカップルのことを思い出した。
その奥さんも学校の先生で、御主人は元、教え子だったのだ。
「二人はどこか、マクロン大統領とブリジット大統領夫人みたいな感じだね」
とぼくが言うと、不意に二人の顔が明るくなった。
エマニュエル・マクロン大統領とブリジットさんも高校の生徒と教師という関係だった。
ブリジットは1953年生まれだから、ぼくより6歳年上、67歳かぁ。
2006年に離婚をした前夫との間に3人の子供がいる。
ついでに7人のお孫さんもいる。
エマニュエル(大統領のことね)は15歳の時に先生だったブリジットに一目惚れをしたのだけど、ブリジットが最初から本気だったというわけじゃない。
フランスは課外授業というのがあって、生徒が先生に個人的に勉強を習うのだけど、エマニュエルはブリジットを指名し、その結果、二人の関係が進んでいく。
その辺のところは想像しかできないけど、エマニュエルは未成年だったので、これはある種、映画みたいな、禁断の恋ということになるのかな。
なんとブリジットの娘とエマニュエルは同じクラスだったので、エマニュエルの親御さんとかは最初、ブリジットの娘と交際しているのか、と思ったのだそうだ、複雑や。
ブリジットはエマニュエルの思いは受け止めつつも、どこかでこれはヤングラブの迷いだからと自分に言い聞かせた時期もあったようで、彼女は彼に将来のことを考え、パリの有名学校へとの転校を推薦する。
ブリジットは子育てで大変な時期だったし、どこかで、エマニュエルとの関係はよくないと考えていた節がある。
17歳でエマニュエルは一人パリへ移り住むことになるのだけど、「いつか必ず君と結婚をする」とブリジットに言い残している。それから10年以上の歳月が流れ、この誓いが実現することになるのだから、いやぁ、父ちゃんぶったまげた、凄い。
ぼくが思うブリジットは本当によくできた人で、いろいろな意見はあるし、風刺画の国フランスなので、揶揄されることもあるけど、恵まれない子供たちの学校建設という夢に向かって、控えめながら、しっかりと進む姿には好感が持てる。
二人がこれからどういう人生を歩むのかは、分からないし、いろんな噂もあるけれど、でも、本当のことは2人にしか分からないので、父ちゃんは見守る。←だれ?
周りはいろいろと言うのが世間なので、少なくともぼくはそういう目でこの二人を見ることはない。
そういう話をジュリアンとミツミさんにしたところ、ミツミさんの目に涙が浮かんだ。
ぼくは涙を見て、自分の考えが変わるような人間じゃないけど、メグ太郎だって泣きたいだろうし、でも出会っちゃったのだから、今は焦らないで、一日一日を二人で過ごせばいい、とだけ伝えておいた。
「人間生きていると、春も来るけど、秋も冬も来るよ。でも、夏も来る。その季節があなたたちにいろいろなことを教えるでしょうから、謙虚に受け止めて生きたらいいよ」
とだけ、アドバイスをしておいた。
メグちゃん、そういうことです。
せっかく、銀座まで来たのでお世話になってるYAMAHA銀座本店に顔を出した。入口で検温チェック、35,7度、おおお、セーフ。
ぼくがパリで使ってるギターがヤマハなのだけど、前から欲しかったナイロン弦のクラシックギターを物色した。
アーティスト担当してくれている佐藤さんにいろいろと見せて頂き、弾いていたらほしくなって、思わず自主隔離万行記念に買っちゃったぁ。
ぼくも一目惚れしたのだ。(ついでに佐藤さん、アーティスト料金にしてくれた!)
パリに連れて帰り、毎日抱きしめるように奏でたいと思う。
そうだね、名前はブリジットにしようかな。えへへ。