JINSEI STORIES
自主隔離日記「息子から届いた一枚の写真から彼の精神状態を分析する」 Posted on 2020/10/21 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、携帯に写真が届いた。息子からであった。
コメントは何も付されていなかった。
ハンバーガーの写真である。
自宅のテーブルの木目が見えるから、「家でこれを食べている、自分はなんとか頑張って生きてるよ、パパも隔離頑張ってね」というメッセージであろう。
パリは秋のバカンス時期に再び入ったが、ぼくは日本なので、彼は一人家に残った。
今回は新居のセルビア人管理人さんに掃除とか買い物などを含めた家の管理を仕事としてお願いしてきた。
あとはママ友たちにかわるがわる定期的に様子をみてもらうという感じ、DSの編集部員もいるので、いろいな人たちの力を借りてのチームプレイだ。
思えばぼくが高校生の頃もぼくの家の周りには地方の下宿生が大勢いたし、息子の学校には寮があるので、親元を離れ一人で生活している子はいる。
真面目な子なので、そこは心配していないが、それでも一月離れるし、夜間外出禁止令なんて少し前だと異常な状況下で子供を一人パリに残して日本に戻るなんて想像もできなかったが、今は、普通に想像できる社会になってしまった。
コロナが世界を変えたのは事実だろう。
「大丈夫か? アンナとか」
とメッセージを送った。
斬首テロで殺された教師の教え子のアンナ、その妹のシルヴィに至っては校門でサミュエル・パティ氏と挨拶をして別れた直後のテロ、トラウマになっていないか、その後のことが心配でならなかった。
ところが息子から戻ってきた返事は、
「普通」
の一言。
カッチーーーーーン。
相変わらずで、思わず苦笑が溢れ出る。
息子は「ツンデレ」なのだ、とやっとその正体に気が付くに至った。
ハンバーガーの写真を送り付けておいて、普通、はないだろ、え?
しかし、思春期の青年だ、この普通の一言から彼の現在の心理状態を読み取らないとならない。親は大変である。
「バカンスに入ったので、テロに遭遇した子供たちは親の保護のもと、日常回復へ向かっているよ」というメッセージかもしれない。
アンナとは毎日長時間、スカイプでやりとりをしているので、問題があればなんか言ってくる。無いということは今のところ大丈夫ということで、安心をした。
ここまで深読みをしないと今時の子と渡り合うことが出来ない。やれやれ。
しかし、待てよ、とぼくはもう一度、食事風景の写真へ視線を戻してみた。
物言わぬ息子から届けられた一枚の写真の中に真犯人の証拠が眠っている、とシャーロックホームズなら言いかねない。
ぼくは拡大をしてのぞき込んでみた。
マックじゃない、バーガーキングである。
し、しかも、フライドポテトには何かかかってる。たぶん、これはチェダーとオニオンフライがかかってるのかもしれない。
前に一度、美味いとあいつが言ってたことを思い出した。
間違いない。
ワッパーのセットで、コーラとフレンチフライ付き、多分、10ユーロくらいじゃないか、と推測する。
しかし、配達の場合、サービス・配達料がとられているはず、もしくはモンパルナス駅前のバーガーキングまで歩いて買いに行ったか、であろう。
息子は今まで一人で配達を頼んだことがない。
激しく人見知りする子なので、歩いて買いに行った、ということの方が現実的じゃないか。
配達だとサービス料が1ユーロ、配達料が2ユーロ50くらいかかるので、合計で15ユーロほどになる。
堅実な息子は10ユーロのセットに5ユーロを払って取り寄せたりするような経済観念のない子ではない。
ただでさえ、10ユーロは息子にとって大金だ。
新しい家からモンパルナスまでは歩いても10分…。
ということは、歩いたな、と名探偵は分析した。ふふふ。
このことからわかることは、モンパルナスまで息子は午前中ハンバーガーを買いに歩いて行き、セットを一つ買って、家で食べているという現状を親に訴えた、ということになる。
しかし、なんのために?
そこで、もう一度、写真を覗き込んだ。
ぼくが見落とさなかったのは、ハンバーガーが齧られている点である。
これは食べた直後、ああ、これを今パパに送りつけてやろう、と思いつき、慌てて撮影をした状況を想像させるに十分な物的証拠で、それは同時に、彼の頭の中にパパの存在が常にある、ということを物語っている。
実に得難い証拠じゃないか。ふふふ。
ついでに、バカンスなのに、どこにも行くことの出来ない自分や世の中のコロナ現状の哀れをそこに込めていると、言えなくもない。
「パパは日本で美味しいものを食べてきて、ぼくはぼくで大好きなワッパーを食べるから」というある種の皮肉までもが透けて見える。
名探偵の目は節穴ではない。
もうすぐ17年の付き合いになる子供の精神状態を見抜けない親じゃない。
恐れ入ったか、イカの塩辛だ。
「お前は午前中、きぶんてんかんに、モンパルナス駅まで歩いて行き、好物のワッパーセットを買って帰って来て、一口かじったけど、自分が元気にやってることをパパに知らせなきゃと思いつき、急いで撮影、この写真をわざわざ送りつけてきたということだな?」
とメッセージを日本語で送ったら、
「what?」
と英語で戻ってきた。
こちらは夕食の時間なので、冷蔵庫を漁っていると10分くらいしてから、
「りょうしゅうしょ、貰っといたからね、あとでせいさんplease」
との返事。
ええええええええええええええええええええええええええ、まじかぁぁぁ?
それが真実だというのか?
「お金おいてったでしょ?」
「あれはおこづかい、これは食費」
と速攻で返ってきた。速攻で!
「オケ」
と戻して、ぼくは仕方なく、ミスタ―ビーンのように苦笑いを浮かべてみたのだ。
名探偵はこう思った。
「自分の状況を親に伝えるために写真を送った」と素直に言えないところが実にうちの息子らしい、と…。そういうことにしておいてやろうじゃないか、ふふふ。
父ちゃんの勘違いは続く。
自主隔離が終わるまで、あと、中一日ィ~! よっしゃ、頑張れ父ちゃん!
※名探偵シャーロック父ちゃんの事件簿は続きます。ふふふ。