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自主隔離隔離日記「夕刻、ジュリアンが買い物に付き合ってくれた」 Posted on 2020/10/20 辻 仁成 作家 パリ

某月某日「おじさん、今、学校終わったから、ぼく、どこでも行きますよ。必要なものないですか?」
時事通信社さんとのZOOMでの新刊取材が終わった夕刻、ジュリアンから不意に電話がかかってきた。学校帰りなので動けます、とのことだった。
「でも、何を買ってもらいたいか、思いつかないよ」
「だったら、ワッツアップのカメラで商品見せますから、これがほしい、って言ってください。遠隔操作でぼくが動きますから」
「マジか! そんなことしてくれんの?」
「ぜんぜん余裕っす」
今時の若者の、この余裕って言葉の使い方、実はめっちゃ気に入らない父ちゃんであった。自分の息子じゃないので、小さく、カッチーーン。
(ジュリアン、ファッションモデルのアレクサンダー君にそっくりなのだ。本人にそれ言うと、そんな~と言いながら、よく言われて困るんすって、自慢がはじまる)
で、ジュリアンはまずセブンイレブンへ向かってくれた。
彼はそこへ向かう途中からワッツアップのカメラを起動させたので、不意に夜の東京が画面に出現し、おおお、これまるでオンラインツアーみたいじゃないか、となった。

自主隔離隔離日記「夕刻、ジュリアンが買い物に付き合ってくれた」

自主隔離隔離日記「夕刻、ジュリアンが買い物に付き合ってくれた」



エッフェル塔とベルサイユ宮殿の今や伝説となったオンラインツアーのことが脳裏に蘇った。あれはマジ、画期的だったね。
ツアー客の皆さんの気持ちがよくわかる、興奮を覚えた。
なるほど、こういうことか~、オンラインツアー、面白い!

慌てて、パリから持ってきたIKEAの携帯立てに携帯を置き、映画館みたいにした。
「おじさん、セブンに入ります。会社帰りの人がけっこういます。マスク付けてる人ばっかりです。ちょっと声を潜めますね。イヤホンをしているので、おじさんは普通にしゃべってください!」
だから、おじさんちゃうで! カッチーーン。
夕方なので結構な人でにぎわうコンビニの店内が映し出された。
ジュリアンはイヤホンをしているので、ぼくの声は外には漏れない。
なかなかスリリングな展開に。
隔離生活に退屈していた父ちゃんは久々に見るシャバの風景に涙がにじんでしまう。
シャバダバシャバダバ~、シャバダバダ、フーシャバダバ・・・。
「おじさん、どうですか? なんかほしいものあります?」
おじさん…。自分の子じゃないので、あくまでも、控えめなカッチーーンである。-の数がいつもより一つか二つ、少ないところに注目してもらいたい。えへへ。
「ジュリアン、白くまくん、食べたい」



「え? アイスの?」
「ウイーーーービアンシュー(おお、当然じゃ)」
カメラが人をかき分けて店内中心部にあるアイスクリームのコーナーまで向かった。その臨場感、これいけるなぁ。
次回のオンラインツアーは街中で、よければ、ぼくの行きつけのカフェとかに皆さんをお連れしたいかも、…。
アイスクリームコーナー、そうだ、セブンのはこうなっていた。
上からとれるのだ。アレクサンダー君の手が、あ、間違い、ジュリアンの持つ携帯が中に侵入する。
いろんなアイスが目の前を過る。
アイス世界を移動するカメラ、ううう、たまらん。興奮しすぎて、おしっこしたくなった。そういうことありません?
モナカもいいなぁ、とか気移りをしていた父ちゃんの目に、し、し、しろくまくんがぁ!
「おじさん、ありました。これっすね」
「ああ、それーーー。ナイス! ホワイトベアーーーー」

自主隔離隔離日記「夕刻、ジュリアンが買い物に付き合ってくれた」



「おじさん、次は何買いますか?」
「ジュリアン」
「は~っい」
「あのさ、おじさんってやめてくれないかな」
「えっと~、なんでですかぁ?」
「いや、その、おじさんってガラじゃないでしょ、ぼく」
「やだな、おじさん謙遜しないでくださいよ」
どこが謙遜じゃ、ぼけ!!!!
「おじさんは胸を張って、堂々とおじさんでいてください」
カッチーーン。
「たとえば、ムッシュって呼んでくれないかな」
「いいっすよ。ぜんぜん余裕っす」
カッチーーン。余裕ってどういう意味じゃ。
「何がそんなに余裕なの、君たち、最近の子はみんな余裕って言葉をやたら多用するんだけど、この間、パリに留学してた立花君も余裕っすて言うし、みんな、余裕の意味わかってんの?」
思わず、息子にするみたいに説教をしてしまった父ちゃんだった。するとアレクサンダー君、もとい、ジュリアンは黙った。言い過ぎたことを反省し、
「いや、いいんだよ。余裕ぶっこいていても」
と言ったら、
「お安い御用ですって意味で使ってると思いますけど、あまり深いこと考えてないっす」
と戻ってきた。あはは。



ジュリアンは、クッキングシート(お菓子作るんだもん)、息子に頼まれた歯磨き粉、原稿の校正に必要なシャーペンや消しゴム、甘いもの、などを次々にゲットしてくれた。
いやあ、楽しかった。これは自分が実際に行くよりも全然楽しいし、楽だし、安全だ。
「おじさん、そろそろ、お会計に行ってもいいすかね」
ジュリアンがカメラを自撮り風にしたので、凹凸のしっかりしたハンサムな日仏顔の青年が出現した。
未成年なのでお見せ出来ないのが残念である。
あ、誰かに似ていると思ったら、息子の親友、アレクサンドルにも似てる。
アレクサンダー、ジュリアン、アレクサンドル、えらい横文字並ぶなぁ。
「お会計、うん、ジュリアン、お願いします」
「ぜんぜん余裕っす。あ、いけない、また使っちゃった」
ぼくらは笑いあった。
「ブツは玄関のところに置いといて」
「了解っす」
「あと、メグ太郎(ジュリアンのお母さん)に、シャバに出たらみんなでご飯しようぜって伝えといて、お礼にごちそうするからって」
「余裕っす」
「あ、あはは」
ぼくらはもう一度笑いあった。和んだ~。
実はこのあと、ジュリアンはナチュラルローソンやスーパーにも回ってくれて、有機のお米や野菜などを買ってきてくれたのだ。

自主隔離隔離日記「夕刻、ジュリアンが買い物に付き合ってくれた」

ほんとうによくできた子である。
ということで、しろくまくん、頂きます! 
ぱっくんちょ~。

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