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滞仏日記「息子、大いにコロナを語る。第二弾」 Posted on 2020/10/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子が学校から帰ってくるなり、フランスの高校やばいよ、と言い出した。そのまま、シャワー室に消えたので、出てくるのを待ち構えて、
「なんで?」
と訊いた。着替えて出てきた息子は、
「アレクサンドルのクラスも閉鎖されちゃったんだよ」
と言うではないか。今日も複雑な会話になったので、フランス語が基本となった。
「え? マジ?」
「アレクサンドルも今日、テスト受けたらしい」

滞仏日記「息子、大いにコロナを語る。第二弾」



「PCR? アレックス、大丈夫か? 結果は?」
「まだ。でも、陽性の子が出ているから、クラスは暫く閉鎖だね。彼の学年は全クラス閉鎖されたことになるんだよ。普通じゃないでしょ」
「アレックスの結果はいつわかるの?」
「今、テストが込み合っていて、結果がすぐに出ないみたいだよ。検査場に人が殺到しているらしい。アレクサンドルからメッセージが着て、結果は一週間後くらいにわかるんじゃないかって」
「一週間? めっちゃ先だね」
息子が嘆息をこぼしながら、自分の部屋へと消えた。ぼくは追いかけた。
「お前の高校は?」
「うちは幸運なことにまだ閉鎖はない。中学生で一人陽性者が出てるようだけど、校舎が違うので、今のところ高校は大丈夫。校長先生が厳しい人だから、コロナが怖がって近づかないのかも」
息子はぼくの仕事机よりも数倍大きな作業机と椅子を持っている。椅子はユーチューバーのハジメ社長が使ってるという、スポーティなタイプだ。それに引き換え、ぼくの仕事場は足の踏み場さえない。片付けないから、机の上はめっちゃ汚い。とてもじゃないけど見せられないから、ZOOM会議などはサロンのなんとかマシな本棚の前でやっている。

滞仏日記「息子、大いにコロナを語る。第二弾」



「パパ、昨日のル・モンドの記事、読んだ? なんで欧米人の重傷者が多いのか、やっと理由がわかったね」
「え、読んでない」
「ネアンデルタール人の遺伝子を受け継いでいる人が重症化しやすいみたいだよ」
「ネアンデルタール? そんなん、今の人類に関係ないじゃん」
「いや、6万年前に現生人類と交配してるんだよ。で、彼らの遺伝子が現生人類に継承されている。もちろん、ほんの一部だけど…。その遺伝子を受け継いだ可能性のある人が重症化しやすい、というドイツの科学者の発見なんだけど、信ぴょう性は今までで一番高いと思うよ。もちろん、だからといって中国人も韓国人も日本人もコロナに罹らないわけじゃない。重症化する段階で、差が出るみたいだね」
「ファクターXだな」
「…?」
「いや、日本の偉い先生がなんで日本人の死者数が少ないのか調査していた」
「日本人だけじゃないよ。韓国人、中国人も、東アジア系は欧米人に比べれれば圧倒的に重症化しにくい。ま、パパにとっては朗報だね」
息子がクルっと椅子を回転させ、こちらを振り返り、ニヤッと笑った。お前は、名探偵シャーロックホームズか?

滞仏日記「息子、大いにコロナを語る。第二弾」



「欧州人は16%、インド周辺の南アジアの人が実に50%、アフリカ、アジアが極端に少ない。日本人も実はネアンデルタール人の遺伝子をちょっとだけ持ってるのじゃないか、という研究もあるから、この研究結果、はいそうですか、と受け取ることは出来ないけど、でも、欧米人やインド人に比べれば圧倒的に少ない。だから、パパが感染してもフランス人よりは多少重症化しないってことが科学で証明されたってことだよ。よかったね。ところで、パパ、なんでいつまでもそこにいる気? ぼく、勉強しないとならないんだ」
えへへ、と誤魔化した。



「あ、じゃあ、トランプ大統領とか、大丈夫かな」
「ネアンデルタール人の遺伝子を受け継いでいるから、心配だね…。軽い症状が今日出ているので、英国のジョンソン首相のことを考えると、結構時間がかかるかな。重症化すると、選挙は絶望的だね。残りのテレビ討論は、オンラインになる可能性が高い。もしくは、出来ないか」
「大統領選まで、あとちょうど一月だ」
「必要じゃない限りマスクをつけない、というトランプさんの発言の是非が問われる時が来たよね。大統領選に物凄く大きな影響が出るだろうね。もちろん、早く治ってほしいけれど、でも、いい面もある。これで多くのアメリカ人がマスクの必要性を学ぶことが出来た。本気でコロナを収束させたいなら、マスクが大事だということが改めて人類に対して証明されたことになる」

≪追記≫
この日記をアップしようとしていたら、アレクサンドルのお母さんからワッツアップが入り、アレックスは陰性と判明。よかった。

滞仏日記「息子、大いにコロナを語る。第二弾」

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