JINSEI STORIES

滞仏日記「父ちゃんの秋のコーデ」 Posted on 2020/09/17 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、なんか、ネットとかでやたら「コーデ」という単語が出てくるので、ある日、息子を掴まえて「コーデ」ってなん? と質問したところ、
「こーでしょ?っていう一発ギャグ」
と言われて、若者言葉か、とずっと思っていたら、そうじゃなかった。
25ansの編集さんから仕事の依頼連絡があったので、25ansを久々引っ張り出してページを捲っていたら、「コーデ」特集があった。(古い25ansです)
それで、どうも息子の説は間違いだと気が付き、父ちゃん、ネットで慌てて調べたら、驚くべき事実が判明。コーデとは「コーディネート」のことだったのだ!!!!!
なんでも、短くすればいいというもんじゃねーーーー、と父ちゃんは鉄拳を空中で炸裂させてしまった。
なんで、日本は何でも短くするのだろう。困ったものである。



ぼくはネットでやたら「ピン芸人」と出てくるから、ずっと「ピン芸人」という漫才グループがいると信じていた。
そしたら、いろんなピン芸人が記事に出てきて、これはAKBみたいな手法の新しいお笑い集団なのだと思うようになり、ある日、テレビ局の楽屋でタイタンの大島君に、「辻さん、一人でやってる芸人さんのことをピン芸人って呼ぶんですよ」と教えて貰い、ひっくり返った経験がある。コーデがコーディネートで、再びひっくり返ってしまった。

滞仏日記「父ちゃんの秋のコーデ」



話しは脱線してしまったが、「コーデ」とは、知らない人のために説明をしておくと、とくに若者の間では服装に関して使われるワードらしい。
世間では、服装だけじゃなくインテリアなどの色彩や素材のバランスが良くなるような調和のことを意味する、とネットで偉い方が語っていた。
そもそも、ぼくはロッカーなので、夏でもブーツを貫いての60年。
ブラックジーンズに、ブーツに、ハットというのが父ちゃんのスタイルなので「コーデ」なんて、実はちゃんちゃらおかしい。
ブーツは結構いいメーカーのものを20足くらい持っているし、ハットもイギリス製など、凝りに凝って相当数集めているので、自ずと自分しか出せない世界観は出来上がっている、という自負もある。えへん。
しかし、どうも「コーデ」というのは世界観とは違うことのようだ。
色彩や素材の調和を考えると、まさに秋のパリにふさわしい恰好をしてもいいのかもしれない、と思った。
スニーカーは一足しか持ってないし、だぼだぼズボンも一つある。どちらも好きな辛子色系なのだ。
上に合わせるものが見当たらない。じゃあ、買いに行こうということで、ちょうど、息子のパンツもなかったので、それを買うついでにブティックを梯子することになった。



パリジャン、パリジェンヌたちの「コーデ」をちらちらと盗み見しながら、歩いてみると、確かにフランス人のコーデ感覚は日本人より凄い、と思うに至った。
特に女性が凄い。
普段、あまり洋服の調和とか気にしないで生きているので、気にして眺めると、途端に世界が違って見えた。
この色とこの色でこうやってあわせるとこの雰囲気が出るのかぁ、と、驚かされた。
実に自然でかっこいい。
マスクまでがさりげなくコーデされていたりして、思わず唸ってしまった。
男性たちもその流れから見ると、うーむ、洗練されている。
何が日本人とフランス人の違いか、もちろん、体系や皮膚の色、髪の毛の質とか、違いがあるにせよ、こんなところにこういうこだわりか、すげー、と褒めずにおられない感じ。ファッションのバランス感覚は群を抜いている。
お爺さん、お婆さんたちもなかなか決まってる。目の前を半世紀前のフィアット初代チンクエチェントみたいな小型車に真っ白のドレスをきた80歳くらいのお婆さんが運転していて、その斜め上感に、その場に跪きそうになってしまったのだ。かっこええ。
あれがフェラーリとかじゃなく、まだ動くのと言いたくなる小型車で、それも映画の中から出てきたような感じで、窓が全開で、ドレスのお婆さんって、信じられますか?

滞仏日記「父ちゃんの秋のコーデ」



イタリア人のようなカッコよさはない。でも、フランスの男たちさりげなく、品がいい。
これは真似出来るものじゃない。
小さい頃から、この歴史的な街並みを見て育っている。壁の色や石畳みの道やガス灯のオレンジの色の下で恋をしてきたのだろう。
そもそもごちゃごちゃしたサラリーローンの看板などどこにもない。
洗濯ものを干すことさえ禁止されている。
こういう統一感を子供のころから養われてきた人に「コーデ」で挑んでも勝てるわけがないか、と思った。ああ、この敗北感、久々に味わったぞ!悔しい。

それで意地になって、歩き回っていると、こじんまりしたブティックが、サンジェルマン・デ・プレ界隈に幾つかあって、覗くと、自分の好きな色の服があること、デザインがあること、も分かってきた。パリっぽい店で選んで、勇気を出して飛び込み、普段なら買わないような服を買ってみた。で、家に帰ってファッションショーをやっていたら、息子が帰って来て、
「何やってんの?」
と言った。
「コーデだよ。パパの」
呆れる息子に、ファッション雑誌のモデルみたいな写真を撮って、とお願いして携帯でパシャっと撮ってもらった、還暦父ちゃんの渾身のコーデだが、えへへ、笑わないでくださいね。
ピン芸人のヒトナリより。

滞仏日記「父ちゃんの秋のコーデ」

自分流×帝京大学
地球カレッジ