JINSEI STORIES

滞仏日記「田中さんご夫妻が一日も早く完治されますように」 Posted on 2020/08/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、爆笑問題の田中さんがコロナウイルスで陽性というニュース。ここのところ芸能界からコロナに罹った方のニュースが続いている。多分、テレビに出るような人たちはその行動が問われる仕事でもあるので、体調に異変がおきたら積極的に検査を行っているからこそ、陽性者が多く出やすいのかもしれない。若い人が感染をしても、気づかない人もいるだろうし、風邪くらいに思って、数日休んで学校や会社に戻って行く人が多いのじゃないか、と思う。日本のPCR検査数は少ないので、フランスと同規模検査したら、今以上に出てくるかもしれない。検査数と感染者数との関係を見極めて報道されるといいと思う。芸能人だから多いのじゃなく、世の中にはもっと多くの感染者がいるということを想像しておく基準に、芸能界の感染のニュースを読み解いていくといいのかもしれない。



実は田中さんが所属する事務所、タイタンにぼくもテレビ関係のマネージメントをお願いしている。そういうご縁で、田中さんとは何度か仕事をご一緒させて頂いたことがあるが、画面に映っていない時の田中さんは、実は太田さんもそうだけど、常に冷静で、プロフェッショナルで、本当に真面目な中年男性である。もっと言えば、感染には誰よりも気を付けているような性格の方なので、彼が家庭内感染にしろ、仕事先での感染にしろ、罹ったというのであれば、感染が日本でもかなり拡大している、ということかもしれない。

滞仏日記「田中さんご夫妻が一日も早く完治されますように」

話しは少し変わるけれど、芸能人の方が感染をすると「皆様に大変ご迷惑をおかけし本当に申し訳ありません」という謝罪コメントが本人や事務所から出される。事務所からであればまだわかるのだけど、患者であるご本人が、コロナに罹って、申し訳ない、というのはなんとも腑に落ちない。アメリカで流行った感染ゲームのようなものに参加したり、自覚のない行動をとって感染を広げるような人が批判されるのは仕方ないが、感染力の強いウイルスが猛威を振るっているのだから、どんなに用心をしても、罹りたくなくても、罹る人はどうしても出てくる。会社にもいかなきゃいけないし、メトロにも乗らなきゃいけないし、家庭内でバリアをはるわけにもいかない。気を付けて生活をしているにも拘らず、患者になってまで謝罪しなければならないのは、不憫である。でも、田中さんのようなメディアに顔を出す立場の人間は、レギュラーの仕事も多くあるのだから、何かコメントを出さないわけにはいかない。他にこういう時に出す適切なコメントはないものか、と毎回、頭を捻って考えているのだけど、なかなか難しい。



日本の芸能関係者の謝罪は、誰かに向けた謝罪というよりも、ご心配をかけてすいません、という周囲に対する日本風のニュアンスだと思うと、納得できる。この辺、言葉尻を掴まえて、日本対フランスのような問題提議はしたくない。ところで、田中さんに関する記事を読む限り、彼への批判的なものがないのは、多分、田中さんの人徳のたまものであろう。他の芸能関係者の方々のコメントもだいたい目を通してきたので、何と言われるか、心配していたけれど、見渡す限り、擁護するコメントばかりであった。インフルエンザに罹ると、大丈夫ですか、と心配されるのに、コロナウイルスに罹ると、罵倒される。「コロナに罹ったよ」「あらら、お大事に」と言い合える世の中になるのはいつのことだろう。

滞仏日記「田中さんご夫妻が一日も早く完治されますように」

フランスは、そもそもマスクを着けたがらない人が多かったし(今は違う)、日本とはもともとの国民性が違う。日本人はマスクを着ける習慣があり、国民全体がとっても清潔好きで、それがルールやエチケットみたいな国民性だから、その中で感染をしてしまうと、団体競技種目でヘマをした選手みたいに見られてしまうのかもしれない。一丸となって取り組んでいるのに、油断してるんじゃないよ、と言われてしまうのかもしれない。フランスは一人一人の生き方がそもそもバラバラな国なので、政府がその分しっかりしないとならない。こういう感染症に立ち向かう一丸の力が日本人ほど備わってない。フランスでテレビに出ているような人が感染すると「感染しちゃったよ」みたいな感じで本人が周囲に告げて、周囲も「わ、そりゃあ、大変だ」とか言いながら、ほとぼりが冷めるまでは近づかない、という感じで終わり。感染した人の誹謗中傷というのは絶対ない。



無症状で知らないうちに年配の人などに感染させてしまうコロナの毒性のせいで、年配の人にとって遊びまわっている若い人がいい加減に映るのも理解出来る。重症化しやすい高齢者が、罹っても症状の出ない若者を敵対視したくなる構図が生まれやすい背景もわかる。でも、誰かが感染をしたら、罵るのじゃなく、まず、健康を心配してあげられる大人でいたい。ともかく、今は田中さんと奥さんのもえさんがお子さんたちのためにも一日も早く完治されることを祈っている。感染された世界中の方々が一日も早く完治されますように。

滞仏日記「田中さんご夫妻が一日も早く完治されますように」

 
©️Hitonari TSUJI
本作の無断掲載、無断複製(コピー)は著作権法上での例外を除き禁じられています。また、スキャンやデジタル化することは、たとえ個人や家庭内の利用を目的とする場合でも、著作権法違反となります。
 

自分流×帝京大学
第4回新世代賞 作品募集中