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滞仏日記「暇な時のママ友トークは情報収集及び気分転換に最適なのだ」 Posted on 2020/08/14 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子がパリに戻ってしまい、めっちゃ退屈になり、宿のテラスの椅子に座って海を眺めながら、携帯を弄っていたら、ワッツアップのグループチャットにソフィーから、
『みんな、ゲンキー。私よー、ソフィー!』
とメッセージが飛び込んできた。
この人、フランスの矢沢永吉ことジョニー・アリデーの大ファン、明るくさばさばした典型的なフランスのお母さんだ。ぼくはママ友サークルの中に混ぜて貰ってはいるが、いわば、オブザーバー的存在なので、参加しても一言か二言程度しか、口を挟まない。中にはぼくのことを知らない人もいる。けれども、ママ友チャットはフランスの今が分かるので、なかなか、侮れない暇つぶしにもなる。そして、今日、久々ママ友チャットは炸裂した。ロックダウン解除後、最初の夏休みなので、当然かもしれない。ぼくは冷蔵庫からビールを取り出し、それを飲みながら、携帯を眺め続けた。以下はそのダイジェストになる。実際は2時間ほどの長時間のやりとりとなった。



イザベル;みんな、私は元気よー。バカンスどう?
ソフィ―;毎日、相変わらずよ、子供たちのご飯を作って、夫と散歩して、みんなはどうなの? っていうか、どこにいるのかしら?
アンヌ;私はスペインのガリシア州にいる。夫の実家に来てるの。でも、今日から、家の外でたばこを吸えなくなった。ヘビースモーカーだから超きつい。
ソフィ―;なんで?
アンヌ;タバコの伏流煙の中にもコロナウイルスが存在している可能性が高いということで、ついに法令化されたのよ。
イザベル;マジ? タバコの煙からも感染するの? それ、エアロゾルってこと? そんなの知らなかった。生きていけないじゃないよ。
アンヌ;ガリシア州では、そういうことにしたのよ。どこまで本当かわからないけど、でも、疑わしいから法律で禁止にしたんでしょ? 腹が立つ。
イザベル;何に?
アンヌ;だから、吸える場所がどこにもないのよ。お店も禁止、家も子供がいるからダメ、そして、屋外でも禁止、じゃあ、禁煙家はどこで吸えばいいっていうの。



レイラ;私はロンドンよ。ケンジントンの友だちの家で子供たちと二週間のバカンス中。こちらは逆に禁煙をする人が100万人に達したの。タバコを吸うとコロナで重症化するというでしょ、健康志向の高いロンドンっ子たちは喫煙を控えてる。タバコを吸う人はつらい世界よね。
アンヌ;そうなの。ほんと、タバコくらいしか息抜きの方法がないのに、やになっちゃう。イザベルとソフィ―はどこにいるの?
イザベル;サントロペ(南仏のリゾート地)よ!最高よ!

滞仏日記「暇な時のママ友トークは情報収集及び気分転換に最適なのだ」

滞仏日記「暇な時のママ友トークは情報収集及び気分転換に最適なのだ」

※ここで、イザベルが南仏のヌーディストビーチの写真を送ってきた。一同、わおー。ぼくは、ぎょえ、となった。ほとんどが若くないカップルばかり。おじいさんとかおばあさんのすっぽんぽん。さすが、おフランスだと思った。イザベルはちゃんと写真をぼかして送ってきた。しかし、これはさすがにアップ出来ない。笑。
ソフィ―;私はパリ居残り組よ。今年は移動しないことにした。ね、これみて。うちの娘たちがやってるスナップチャットというアプリを入れると、仲間たちがどこでバカンスを過ごしているのかがわかるの、凄くない? 私たちもやらない? 
※それぞれが自分のアバターを作って参加する。すると、自分の居場所が仲間たちにはわかるという仕組みである。面白い。

滞仏日記「暇な時のママ友トークは情報収集及び気分転換に最適なのだ」



ソフィ―;国内の一日の感染者数が2669人に跳ね上がったのよ。みんな気を付けてね。どちらかというと小さなオフィスで感染が拡大しているみたいだから、うちの夫はバカンス明けの9月からもテレワークが決定。ずっと家でゴロゴロされてみて、たまったものじゃないでしょ? 気が滅入る。ただでさえ、バカンスが例年よりハードなのに。カニキュール(熱波)でもう連日40度近いでしょ? いつもだったらデパートとかに逃げるんだけど、今年は新型コロナが怖いから行けない。今日はギャラリー・ラファイエット(パリ大手のデパート)でも感染者が出ちゃった。だから、家に籠ってるわ。パリは死ぬほど暑いのに。
※フランスでは冷房機のある家はほとんどない。石造りのアパルトマンがほとんどなので、日本ほど暑くならない。ところが今年は8月に入ってから40度近い熱波が続いており、しかも、マスク着用の義務化、みんな悲鳴を上げているのだ。ぼくは北フランスで助かった。
アンヌ;あ~、恋がしたい。
イザベル;やだ、あんた何を言い出すの? ステファンが可哀そうでしょ?
アンヌ;ステファンともう一度恋がしたい。あの人、もう手も握ってくれないの。浮気しているのかなぁ。
レイラ;それは、浮気しているっていうか、気持ちが離れてるんでしょーよ。
アンヌ;マジ?
レイラ;愛されてる?
アンヌ;(※ワッツアップのスタンプを送ってきた。犬が泣いているスタンプだけど、クオリティはラインの足元にも及ばない。そもそも、フランス人はスタンプに興味がない)
レイラ;愛されているのが伝わらないものは、愛と定義しちゃダメ。
イザベル;ステファンが浮気しているとは思わないけど、もし、気持ちがないなら、あなたはあなたのことを愛してくれる人を探すべきよ。当然でしょ。
ソフィ―;反対。浮気は出来ない。私は常に本気よ。
アンヌ;それを浮気というのよ。

イザベル;ヒトナリ? いるの? どう思う?
おっと、ぼくの順番がどうやら回ってきた。
辻仁成;いるよ。ボンジュール。
イザベル;日本? そっちはどうなの? 
辻仁成;いや、北フランスでバカンス中。日本も感染拡大中だけど、まあ、多分、大丈夫だと思う。国民がしっかりしているからね。でも、日本も若い子たちを中心に感染が拡大している、しかも、家庭内での感染が増えてるみたいだよ。フランスはオフィス。これ、繋がってるよね。会社から家族へと…。
ソフィ―;そうね、防ぎようがないわ。
レイラ;ロンドンは10万人規模の抗体検査をやって、国民全体で340万人ほどがすでに感染をした計算になるみたいね。どこまでも増えていく感じ。こうなると、気にし過ぎてもしょうがないかな、と思ってきた。
※ぼくはこの辺でチャットから一度離脱してしまった。というのか、実はうたたねをしてしまったのだ。次に目が覚めると、チャットは終わっていた。コロナトークは炸裂し、恋愛談義、新首相への意見、新学期を迎える学校がどうなっているかの予想など、主婦らしい会話が続いていた。最後のメッセージはソフィ―からのもので、
『みんな、思い出に残る素晴らしい夏にしましょうね』
であった。ぼくは「ボン・バカンス(良い休暇を)」と送っておいた。返事はなし。時計を見ると夕食時であった。主婦は食事の準備などがあるのだ。日本もフランスも、どこも一緒である。さてと、おいらは、何を作って食べることにしよう。

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