JINSEI STORIES
滞仏日記「息子の言動にさすがの父ちゃん、カチーン。ならば、わかった」 Posted on 2020/07/24 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、いつも、出来た子みたいにここに書いているのだが、実は、あまり書けないこともある。うちの子は本当にぼくに対して失礼なのだ。自分が喋りたいことがある時は、どんどんぶつけてくるのだけど、普段は違う。いいところばかりぼくが書いているので、読者の皆さんは「辻さんの息子さんはよくできています」とコメをくださるのだけど、それは間違いなのである。優しい子ではあるし、よくできた部分は確かに認めなければならないが、それはごく一部であって、実際の彼は、99%、ぜんぜん出来てないし、可愛くもない。ぼくが、おはよう、と言っても、おはよう、が戻ってきた試しがない。もう一度、大きな声で「おはよう」と言おうものならと「言ったよ!」と声を荒げる。ノー。
これだけじゃない。お小遣いをあげる時は「あ、ありがとう」と聞こえる大きさで返事が戻ってくるのだが、二人で食事をしている時などに、例えば今日の昼食時に「昨日のドーヴィル旅行はどうだった?」と訊いても、ノー返事。一応、ぼそっと「ああ」とか「うん」とか言ってるようだけど、説明なし。ノー。
普段はほとんどこんな感じで、でも、自分が将来のこととか音楽のことで悩みがあると、「ちょっといい?」と訊きにきて、一生懸命喋るのだけど、その落差たるや激しい。今日、昼に出かけると言っていたのだけど、出かける様子がなく、「あの、食後、出かけないの?」と訊きに行ったら、「行かなくなったって言ったでしょ」と言ってもないくせに声を荒げる。ノー。
ムっとするのだけど、親の威厳もないぼくは、すごすごと子供部屋を後にし、廊下で、その扱われ方に腹を立て、くそー、と苦虫を嚙み潰したようになる。ご飯が出来て、「ご飯だよー」というと、「分かってるよー」と文句を言われ、「うまかったか」と訊くと「美味しいよ!」と怒られる。そこでぼくが爆発して、怒ると、席を立って部屋に消えるので、面倒だから、つい、我慢をしてしまう。こう書くと、読者の方から、それが普通です。よく育っている証拠です、というコメが入るのだけど、それは違うでしょ! 返事もきちんと出来ない、反抗期の16歳に頭に来ない日はないのだ。ノー。
そこでぼくはついに一計を案じた。今日から、口をきかないことにしたのである。ご飯が出来ても「ご飯だよー」とは言わない。彼の分だけ、そこに置いておく。冷めても知らない。関係ない。ぼくは食べ終わったら自分の分だけ片付ける。食事中、会話はしない。不愉快になるだけなので、一言も口をきいてやらない。何かしゃべりたくなれば勝手に喋ればいい。その時、ぼくの機嫌がよければ聞いてやってもいい、くらいのスタンスだ。お小遣いも、ぼくからは与えない。お小遣いを取りに来たら、もちろん、渡すが、親が頭下げてあげるようなものでもない。もちろん、おはようもおやすみも言わない。外から戻ってきたら、子供部屋のドアに「手の消毒、シャワー」と張り紙をしておく。どうだ、これで、お父さんが怒っていることがわかるだろう。
自分の息子にまでなめられているようじゃ、コロナ禍の時代、生きていけないので、気を使うのやめた。自分の将来くらい自分で決めればいい。心配してやって、進学のことなどアドバイスしても「だって、しょうがないじゃん。やりたくないんだもの」しか言わないやつに、いったいどんなアドバイスが出来るというのか。ほっといても死なないし、自分で選んだ道なのだから、それは自分の責任というものだ。バカにするのもほどがある。そのくせ、ロベルトやリサやニコラのご両親がうちに遊びに来ると、満面の笑みでペラペラ喋っている。ぼくを仲間外れにして、通訳なんてする気もないで、フランス語でどんどん会話をすすめやがる。ぼくが理解出来てないことがわかるから、横目でぼくをちらちら。で、途中で、「パパにはわからないでしょ?」とかぬかしやがる。
「ヴォッカにするなぁ、バカにするなぁーーーーーーーーーーー」
と言いたい。お前をここまで育てたのはわしじゃ。恩着せがましく言いたかないが、パパは奴隷じゃない。誰がフランス語の会話なんかにのこのこと参加するものか。ここは俺の家だ、お前らみんな、日本語喋れ!!
ということで、辻家冷戦時代の幕開けである。ぼくは本気で怒っているので、一切、こっちからは返事をしないことに決めた。一切、話しかけないことにする。ぼくはぜんぜん、それで平気なのだ。本当です。