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滞仏日記「息子の窓拭き、そして、新聞少年の歌」 Posted on 2020/07/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子の夏休みの家庭内バイト生活が始まった。初日だから、まず、窓拭きをやりたい、と申し出てきた。窓拭きの道具一式はあるが、ぼくもあまりやったことがない。すると息子はネットで窓拭きのやり方を調べはじめ、脚立を持ちだし、一つ一つ窓を拭き始めた。120年前の古い家なので、ガラスも薄く壊れやすい。もう製造されていない古いガラスなので、割られると物凄く高くつく。実はうちの子、ちょっとどんくさい。テキパキとやれる子じゃない。殴られても飛び掛かって応戦するタイプじゃない。じっと堪えるタイプ。お金を貸してと頼まれたら素直に貸しちゃうタイプで、3年後、だまされたと気がつくタイプ。高校生になるまでお小遣いは必要ないよ、と言い続けてきた欲のない子でもある。いいやつなのだけど、世の中のことを本当に知らない。親としては心配なところもある。その子が自分からお金を稼がせてほしいと言い出した。いい兆しだと思った。社会勉強をさせていくしかない。黙って、見守ることにした。

滞仏日記「息子の窓拭き、そして、新聞少年の歌」



ぼくは小学生の頃(多分、小3くらいだったかな)、物凄くやんちゃでガキ大将だった。近所のチビたちを集めて悪いことをたくさんやった。社宅の横が山だったので、中腹の高木の上に基地を作ったりしていた。いつも、その基地の前を走る少年がいた。ぼくよりも、2,3歳年上だったと思う。気になるので、ぼくは子分たちに命令をしてその子に石を投げつけさせた。かなり離れていたので、届かないことを分かった上での威嚇攻撃であった。彼は肩掛けをしてたくさんの新聞を抱えていた。彼が立ち止まり、ぼくらを振り返った。鋭い目をしていた。
「悪そうな目をしとる。よかか、あいつは敵だ。気を付けろ」
ぼくはそう命令をした。でも、実はその逆で、気になってしかたなかったのだ。子供だったから、自分の気持ちをうまくコントロールできなかった。なんで、あんな重い新聞を抱えて毎日走って配っているのだろう、と気になって仕方なかった。

ある日、広場で下の子たちと遊んでいると新聞少年がやってきた。鋭い目をしてぼくを睨みつけた。思ったりより大きな少年だった。すると弟が新聞少年目掛けて石を投げつけたのだ。その石がこともあろうに少年に当たってしまった。やばい。子分たちは逃げ出した。ぼくは逃げずに、そいつと対峙することになる。
「おれがなんかしたとか?」
「君がなんばしとるとか気になるとよ。いつもそげん重かもん抱えて」
「新聞配達だ。アルバイトだ」
初めて聞く言葉だった。
「俺の家は貧しいから、お前らみたいに裕福な生活ができん。働いて、お金を家にいれて家族を助けとったい」
このようなことを言った。ぼくは驚き、同時に、この人はすごか人かもしれん、と思った。家族を助けるという発想がその時のぼくにはなかった。



それから、ぼくは新聞を抱えて走る少年を追いかけることになる。実際、その後を追いかけたこともあった。一軒一軒に新聞をいれていくその後ろ姿がカッコよかった。それである日、彼の前に飛び出し、自分も働いてみたい、と言ったのだ。新聞少年は微笑んだ。
「大変な仕事ったい。お前みたいなぼんぼんに出来るような仕事じゃなかぞ。でも、お前が本気だというなら、紹介してやってもよか」
そして、新聞少年はぼくを集配所に連れていき、そこのボスに紹介してくれたのである。

働かせてください、と申し出ると、そこのボスが、笑顔で、いいよ、やってみな、と言った。その時にはすでに、新聞少年のお兄ちゃんとはすっかり仲良くなっていた。きっとぼくは子分みたいになっていた。新聞の配り方とか、タスキのかけ方とか、持ち方とか、いろいろと教えてくれたのだ。それがぼくにとってははじめての外の世界との付き合いでもあった。一月働くとお金が貰えるということもわかり、ますます、盛り上がってしまった。翌週から、やる、ということになり、家に帰り、父さんが帰ってくるのを待ち、そのことを伝えると、まずげんこつが飛んできた。
「小学生のお前を働かせるほど、辛い思いをさせているというのか?」
と怒られたのだ。

あんなに怒った父さんを見たことがなかったので、ぼくはどうしていいのか分からなくなった。結局、母が集配所に出向き、ボスに謝り、ぼくの初アルバイトの夢は消え去ることになる。なぜか、窓拭きをしている息子の背中をみていたら、その時の自分を思い出してしまった。
「お金を稼ぐってとっても大変なことなんだよ」
とぼくは言った。息子は黙って窓を拭き続けていた。

フランスの窓は小さい。うちの窓は数えたら、全部で144枚あった。その一枚一枚を息子は拭いていった。子供に家のことをやらせてお金を与えることに、批判もあるとは思うが、ぼくは子供がお金を稼いでお金の価値を知るのは大事なことだと思う。家のことなのにお金を払うのはおかしいという意見もあるかもしれない。もちろん、息子も片づけを手伝ってくれる。でも、お手伝いとアルバイトはぜんぜん異なるものだ。責任感がまず違う。結局、窓拭きに2時間かかった。窓拭きの仕方をネットで学んでからやり始めたので、もっと時間を費やしている。でも、ぼくは最初にかわした一時間分の約束のお金をあげるだけだ。ぼくからは何も言わない、働きたいと思ったら、自分で仕事を見つけて申告したらいいよ、とだけ言っておいた。小さなアルバイト帳を彼は作って、働いた時間を記していた。

綺麗になった窓に夕陽が跳ね返っていた。美しい窓であった。 

滞仏日記「息子の窓拭き、そして、新聞少年の歌」

※ この新聞少年のエッセイのオリジナルは新潮文庫「そこに僕はいた」にちらっと載っていますよ。

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