JINSEI STORIES

滞仏日記「日本人は暫く戻って来ない、と仏ラジオが言った」 Posted on 2020/07/02 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、フランスアンフォを聞いていたら、「日本の観光客は戻ってくるのか」という特集をやっていた。興味深い内容なので、仕事を中断し、耳を傾けた。日本通という人が登場して、
「ロックダウンが解除されましたが、当分、日本人は戻って来ません」
と言い切った。
「なぜなら、日本人は怖がりだからです。湾岸戦争が勃発すると海外旅行は怖いとなり、多くの日本人が海外旅行を自粛しました。フランスでテロが起きた時も、黄色いベスト運動の時も、日本人の観光客がバタンといなくなったのは記憶に新しい。彼らはものすごく怖がりですし、つまりそれが同時に、日本の感染者数が抑えられている証拠でもあります。なので、3万人もの人が死んだフランスに彼らが簡単に戻ってくることはないでしょう」
その後、ボルドーの観光ガイドをされている鈴木さんという方が日本語で、
「日本の皆さん、フランスに遊びに来てください」
といきなり言ったので、ぼくは思わず飲みかけていたコーヒーをふきだしそうになった。それは、欧州で観光を生業にしてきた方々にとっては実に生々しい声でもあった。

滞仏日記「日本人は暫く戻って来ない、と仏ラジオが言った」



DS編集部のスタッフのお母さんから「フランスではレモン味のパン(ラ・トゥピとかいうらしい)が大流行していると情報番組でやっていたのだけど、美味しいですか?」と写真が送られてきたので、(調べたら)、小さなパン屋が出しているだけで、ぼくの周りは誰も知らない。でも日本のテレビがフランスで大流行と報道すれば日本の人はみんな「大流行してはるんやな」と信じる。どこかが仕組んだ宣伝かもしれないのに。黄色いベストなどフランスのデモの時に車がひっくり返されている映像が流れる度に「フランス大暴動」となり、その都度、日本の知り合いから「辻さん、大丈夫ですかぁ? 心配やけんね」と沢山メールが来るのだけど、行進するデモ隊の一筋隣の通りは静かなもので、フランス人にとって当たり前のことが日本では「大暴動」となる。フランスに住んでいる日本人留学生などはそういう動画をがんがんツイートするのだけど、20年住んでいて思うのは、フランス人と日本人の違いがあって、同質で語っちゃだめ。デモをしない日本人に、デモが日常のフランス人を映像だけで紹介するのは本当にやめた方がいい。フランスは革命で王政を倒して民主主義を作った国で、しかもその民主主義はどこか社会主義的でもある。日本は大政奉還だかね。そして、国民の大多数はデモに参加をしないわけで、そもそものデモへの考え方、テロへの向き合い方が違う。有名なジャーナリストがこの間の人種差別抗議のデモの写真をリツイートし、「フランス大丈夫か」とコメントされていたけど、慌ててその元記事を読んだら、BBCの特派員のちょっと英国的な視線の偏った記事であった。そのジャーナリストの人を責めるわけじゃないが、ツイートして終わり、あおって終わり、はやめてもらいたい。フランスの感染者急増という日本の記事があったので、調べたら、前日は休日で感染者0だった。週末の合算の数字だったわけで、こういうのは週単位で見ないといけない。そういう意味では「夜の街関連」とか「検査を積極的にしている結果」という言葉もわかりにくい。

滞仏日記「日本人は暫く戻って来ない、と仏ラジオが言った」



もしかするとじりじりと感染者が増えている東京よりもフランスの方が安全かな、と思う時がある。東京のここに来ての感染者の増加は、選挙を目前にしていて、動きがなんか不思議で、連日じりじり50人台を前後していて、(昨日は67人だったけど)、けれどもこう綺麗に一定で推移しているのも気になるし、なんでか感染者数の発表時間が微妙にまちまちで、疑っているわけじゃないけど、昼過ぎくらいには数字でているよね。フランスの場合、今日の感染者数はだいたい、夜の20時くらいに発表になっているので、日本の場合「今日の午前中の感染者数」というのが正しい言い方かもしれない。なんかきっと昼過ぎに発表する理由がちゃんとあるのだろうけど、午後の感染者数は翌日に合算されているんだろうか?

そういえば、気になる決まり文句があって「積極的に検査をした数字です」と強調している点も、全国民を対象にした積極的ではなく、感染者が出たところの範囲でPCRをやっているということだろう、と思うが、これは世界的にはごく普通のことで強調することでもない。ホストクラブとかだけ検査をして積極的と言ってもいいけど、じゃあ、もしかするともっと広範囲でやったら、どうなるのだろう、と思うのは世間知らずのぼくの愚かな考えだろうか。それともう一つ「夜の街関連」って言葉もちょっと気になる。このところ、ずっとこの言葉が繰り返されている印象があるけど、この言葉をあえて使うことで夜の街に「行かないようにさせている」印象がどうしてもするのは穿った見方かな。しかし、実際にはうまく抑えこめてないということを裏付ける言葉に聞こえないでもない。それで、選挙が終わった途端、感染者がさらに急増なんてことがなければいいのだけど。

実は世界各地ではロックダウンが解除された後も、部分的にロックダウンをやっている国や都市や地域がある。オーストラリアのメルボルンなども部分的にロックダウンをやっている。日本でロックダウンをやる必要はないと思うけれど、新宿と池袋とか部分的な地区である程度の補償をした上で一定期間の制限を設けるのは有効じゃないか。こういう場合は補償をして地域の協力を得て、成果を出して感染を食い止めるのは手だと思う。人がよそへ流れるだけじゃないか、という批判はあるかもしれないけど、日本人はいい意味でフランス人が指摘するように怖がりだから、効果が出ると思う。

さて、観光客のいないパリはとっても静かでいい。ボルドーの鈴木さんは困ると思うから、日本の皆さんには戻って来てもらいたいけど、住人としてはこの静寂のパリはなかなか魅力的なのだ。

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