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滞仏日記スペシャル「帰国者隔離生活二週間の実態に迫るインタビュー」 Posted on 2020/06/29 辻 仁成 作家 パリ

どうしても仕事で日本に帰らないとならない在外邦人がいる。ぼくもその一人なのだけど、コロナ禍のこの時期に帰ると多くの人の神経を逆なでしそうなので、ぼくはコロナの勢いが収まるのを待ってから、帰るつもりだ。しかし、そうはいかない人もいる。どうしても仕事で日本に行かなければならない在外邦人の企業戦士とか、国際機関関係者、政府関係者とか・・・。たまたま、今日、ぼくの長年の友人佐伯氏からラインが入った。仕事で日本に帰らないとならないので戻ったら、空港でPCR検査が待ち受けていて、陰性だったのに都内のホテルで二週間の自主隔離をさせられている、というのである。そこで、電話インタビューを試みた。国民も、在外邦人も、こういう状態の人がどういう気持ちで二週間、ホテルで生活をしているのかを、覗くいい機会になる。

辻「大変なことになったね?」
佐伯「ある程度は予測はしていたんだけど、まさか、ホテルから出られなくなるとは思わなかったんだ。陰性だと分かってたからね」
辻「え、どういうこと? ロンドンでPCR検査受けてから行ったの? 陰性でも隔離なの?」
佐伯「実は、ちょっと話しが長くなるけど、3月にコロナに感染したんだよ。だから、抗体持ってるからね、陰性だってのはわかってた」
辻「ええ? コロナに罹ったの?」
佐伯「3月のある日、急に熱が出て、なにより味覚が分からなくなっちゃってさ、遠隔で診察を受けたら、間違いないって断言された。もちろん、PCR検査とか受けたわけじゃない。なにせ、3月中旬で欧州はご存じのようにバタバタしていたから。で、小さな部屋でぼくは隔離生活。妻が食事を届けてくれて、最初の一週間はドキドキしていたけど、ラッキーなことに重症化はせず、二週間が過ぎたら、すっともとに戻った。で、最近、抗体検査を受けたら、案の定、罹ってたことが判明したというわけだ」

滞仏日記スペシャル「帰国者隔離生活二週間の実態に迫るインタビュー」



いや、驚いた。あっさりと言われたけど、ぼくがよく知る人間で罹ったのは佐伯君が最初だったので、身近に感染者が出たことで、ちょっと気が引き締まった。

佐伯「日本にどうしても帰らなければいけない仕事があって、今、ここにいる」
辻「どこ?」
佐伯「六本木のビジネスホテル」
辻「よく泊めて貰えたね」
辻「そういう帰国者向けの宿泊プランがあるんだよね。もちろん、陽性だと泊まれないけど、陰性で、自主隔離しないとならない人向けの2週間隔離パックみたいなのが」
辻「マジか。ちょっと日本までの旅の流れ、教えてよ」
佐伯「まず、飛行機に乗るよね、マスク着用が義務なんだよ。マスクを持っていない乗客は搭乗を拒否される、だから、慌てて近くの人からマスクを貰っている人がいた。一枚、僕、あげたもん」
辻「空港にマスク持って行かない奴、理解出来ないな」
佐伯「外国人の日本入国はまだ認められてないので、外国人で同じ飛行機に乗っていたのは、日本を経由してハワイとかジャカルタとか他のアジア諸国に行く人のみで、あとは全員、日本人だった。めっちゃガラガラで、座席は一列に一人って状態。多分、全部で乗客は50人くらいかな。乗務員も乗客も飛行中ずっとマスクしていたよ」
辻「料理とかちゃんと出るの?」
佐伯「食事はナイフやフォークを使えない、なんか、簡易弁当のような、パッケージに入った軽食だった。サンドとか、つまめるものね」
辻「でも、一応、日本行きの飛行機飛んでるんだね」
佐伯「イギリスからの直行便はなくて、エアフラでパリ経由だった」

辻「東京に到着してから、空港を出るまでの流れ、教えて?」
佐伯「朝の8時半に成田に到着した。経由する人は受けなくていいんだけど、日本国内に降りたつ人は全員PCR検査を受ける。鼻につっこまれるあれ。10人単位で並ばされ、まずは体調のことなど問診票への記入とか、宿泊先やそこまでの移動手段など、合わせて5、6枚の書類にいろいろと記入やサインをさせられた。目的地まで公共交通機関とかタクシーを使っちゃいけないんだ。なんでか、ハイヤーはOKだった。あとは親族とか友人などのお迎えならば出られる」
辻「ハイヤー?」
佐伯「ああ、つまりここからどこどこまでと前もって決まっている、追跡可能な乗り物ということなんだと思う。よーわからん」
辻「タクシーだって、今時はどこからどこって出るんじゃないの?」
佐伯「従うしかないんだよ。文句言ってる暇はない」
辻「で、それから?」
佐伯「その後、個別でPCR検査を行い、終わった者からイミグレーションに、それから荷物を受けとることができる。荷物を受け取ったら、出口にマダムが立っていて、その人に連れられて、別室へ誘導され、結果が出るまでそこで待機」

滞仏日記スペシャル「帰国者隔離生活二週間の実態に迫るインタビュー」



辻「結果って? PCRの?」
佐伯「ああ、そうだよ。しかし、これがね、物凄く時間がかかる。陰性の場合でも、最低5時間はかかる。この日は羽田と成田で陽性者が出たため、結局、11時間空港で待機することになった」
辻「11時間?…」
佐伯「いや、いい方だと思うよ。徹底的に検査をしているんだ。時間をかけた方がみんな安心できる。自分たちもね」
辻「なんか、暫く日本に帰れない気がしてきた。空港で、11時間はきついな。パリ‐東京間と同じ時間ロビーで待つのか?」
佐伯「あのな、検査が多くなり、なかなか結果が出ずに、最大で二日間、そこで待たされた人もいる。そういう場合、国がホテルを手配してくれて、空港近くのホテルで待機になる。あ、陽性になったら場合は病院のお金なんかは国が出すみたいだ。欧州と一緒だね。そういう決まりがあるのかな」
辻「あ、うちの生徒が、二日間ロビーで寝て待機させられたよ。あれは可愛そうだった。毛布、一枚だもの。ぼくだったら年だから無理だ」
佐伯「新世代賞の子だね。お気の毒に。ま、しょうがない、水際対策なんだから…。しかし、検査待ちの場合はもっと過酷になる。なぜなら、陽性か陰性かわからない状態での待機だからだ。ホテルの部屋から一歩も出られない完全隔離なんだよ。缶ジュースさえ買いに出られない」
辻「厳しいね」
佐伯「で、僕は検疫で、なんども、イギリスで抗体検査受けたばかりで、抗体持っているので、と説明したんだけど、PCR検査は義務だからと言われて信じてもらえず、検査を受けた。もちろん、検査結果は陰性だ」
辻「ホテルまではハイヤー?」
佐伯「前もって知人に頼んでいたので、そいつが迎えに来てくれた。こうなることはなんとなく予想出来ていたので、あらかじめ予約していた六本木のホテルに移動することになる」
辻「まあ、でも。海外からウイルス持ち込まれるケースが多いのだから、そこまで徹底しないと国民も怖いよね。当然のことだと思う」
佐伯「ああ。で、空港で自粛待機要請書にサインをし、不要不急の用事以外はホテルで待機しなければならない。僕は、現在1週間が過ぎたところだが、毎日欠かさず保健所から体温と体調を聞く電話が入る。もしもし、佐伯さん、どうですかってね(笑)」
辻「なるほど、安心だね。君、出歩くなよ。君は夜の帝王だから」
佐伯「おいおい、人聞きの悪いこと言うなよ。ぼくはルールを守る。それが国民の義務だ」
辻「よかった。守らない人間がいると海外在住者が全員白い目で見られるからね。頼むぞ」

滞仏日記スペシャル「帰国者隔離生活二週間の実態に迫るインタビュー」



今回、佐伯氏はどうしても参加しなければならない仕事のために日本に一時帰国をしたが、2週間の隔離は事前に分かっていたため、仕事をしなければいけない時期を調整して帰国し、隔離生活を送っている。必要な酒や水は買いだめしてあるが、食料はどうしても買いに出る必要があるため、数日に一度、朝早い時間などにコンビニに行き、必要最低限の買い物をしているのだとか。海外在住日本人の日本帰国は、抗体もあり、陰性との結果が出てもこの生活を余儀なくされるのが今の状況である。もちろん、佐伯氏はイギリスに帰国しても2週間の自主隔離を行わなければならない。往復で1ヶ月の隔離生活となる。

佐伯「ところが、つい、さっき連絡があってね、帰りの便がキャンセル(イギリスの状況が影響)になってしまった。未だ、英国は不安定なんだ」
辻「やばいね、帰れないじゃん」
佐伯「ああ、こんなにスケジュールが見えない状況が続くと、経済がボロボロにならないか心配になる。航空産業、観光業、金融業、どこも厳しいと思うよ。7月1日から海外路線の緩和が始まるみたいだけど、すぐに観光客が行き来できるようになるわけではない。でも、日本企業のほとんどが外貨で生きてるわけで、世界各地がこうやってブロックされると、経済はどんどん冷え込み、堰き止められた海のように、死んでいく」

ぼくは思わず、暗くなった。夏は帰る予定がないのでパリにいるつもりだが、ずっと帰らないというわけにもいかないので、様子を見ている。その頃までにコロナが収束していることを祈るばかりだ…。自主隔離の間、ホテルに籠って、「コロナ時代のひきこもり術」というエッセイ集でも、書き下ろしてみようかな。 

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