JINSEI STORIES

GOTOキッチン「あまったサクランボを美味しいクラフティにする術」 Posted on 2020/08/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、暮らしの知恵というのは、誰かから教わることだけじゃなく、本来は自身の怠惰な生活の中から、たとえば、もったいないと思う精神から、生まれるヒントのことである。フランス人はいい意味ですごくケチなので、逆に、モノを大事にする。そこから学ぶことは本当に多かった。パリに渡ってすぐの頃、椅子が壊れて捨てるしかなくなった時、管理人のおばあさんが、「それ捨てるの? まだ使えるじゃない。だったら、通りに出していたらすぐに誰かが持って行くわよ」と教えてくれた。半信半疑で置いてみたら一時間で消えた。落ちていたものだけで立派なインテリアを作った人もいる。遊びに行った時に「全部、拾ったものだ」と自慢されて衝撃が走った。古い標識までがアートになっていた。



先日マルシェでステファニーおばあちゃんのさくらんぼをたくさん買ったが、食べきれず、残ってしまった。大した量じゃないので、昔だったら捨てていたに違いない。冷蔵庫に仕舞い忘れてテーブルの上に置いていたら、傷んできたので、これを利用してジャム(コンフィチュール)にした。威張ることでもないが、もったいないから生まれた、暮らしの知恵である。

GOTOキッチン「あまったサクランボを美味しいクラフティにする術」

さくらんぼの種をとって、鍋にさくらんぼと同量の砂糖を入れ、レモンを少し絞り、15分ほど煮れば出来上がる。ステファニーおばあちゃんのさくらんぼがこうやって生まれ変わるのだ。熱湯消毒した空き瓶に詰めておく。100g程度だったので、瓶の半分もできなかったけれど、朝、バゲットをトーストして、バターとこのさくらんぼのコンフィチュールをのせて食べるのが楽しみで仕方ない。この状態だったら、2,3日は持つ。これを一年間くらい長期保存したければ、煮沸消毒した瓶に上までびっしり熱々のジャムを詰め、蓋を閉めて、一度ひっくり返し、一分くらい待つ。熱い状態で詰めると空気が膨らんで脱気する。どうやらジャムの瓶詰の基本的な保存法らしい。だから、開ける時に、しゅぽっと音が鳴るのだ。

GOTOキッチン「あまったサクランボを美味しいクラフティにする術」

GOTOキッチン「あまったサクランボを美味しいクラフティにする術」

GOTOキッチン「あまったサクランボを美味しいクラフティにする術」

GOTOキッチン「あまったサクランボを美味しいクラフティにする術」



さくらんぼをお菓子にするならクラフティがいい。同じく、種をとって、400mlの牛乳(できれば全乳)の中にバニラビーンズ1本を割いて加え、軽く温めておく。ボールに卵4個と砂糖150g、塩ひとつまみを卵が白っぽくなるまでよく混ぜ、ふるった小麦粉100gを少しずつ混ぜ合わせていく。そこに牛乳を少しずつ加え、最後にバニラビーンズのさやを取りだす。出来上がった生地を、バターを塗った型に流し込み、さくらんぼ400gを並べたら、180度に予熱したオーブンで30〜40分。生地が真ん中まで固まり、焼き色がついていたらできあがりとなる。これは暮らしの知恵ではない、お菓子のレシピだけれども、思えばこういうお菓子作りも、はじまりは暮らしの知恵からだったに違いない。おばあちゃんたちは知恵の塊だ。そういえば、昔、親戚のおばあちゃんが知恵さんという名前だった。ありがたい。

GOTOキッチン「あまったサクランボを美味しいクラフティにする術」

果物はあまり好きじゃないけれど、フランスのマルシェに行くとみんな季節のフルーツをどっさり買っているので、毎年つられて一度は季節のフルーツを買うことにしている。今はいちごが季節だけど、さくらんぼもぼちぼち出はじめてきた。残ったら、ジャムにする。これはフランスに渡ってから、ぼくが学んだ一番の知恵の成果だと思う。フランス人は季節のフルーツをまず生で楽しみ(出始めは高い)、次にお菓子にし、旬になって値段が安くなったらたくさん買って(1kg単位)ジャム(コンフィチュール)にするのだ。まさに、これを暮らしの知恵と呼ぶのである。

GOTOキッチン「あまったサクランボを美味しいクラフティにする術」



自分流×帝京大学
第4回新世代賞 作品募集中