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フランスアート日記「学芸員のかずえさんから、ご主人がかつて愛用していた筆と木炭をもらった」 Posted on 2025/01/10   

某月某日、パリで長く美術関係のお仕事をされているかずえさんが、ぼくの絵を見に来てくださった。
先日、この日記でもご紹介した軽井沢の安東美術館で理事をされ、フランスとの関係を担当されている。もともとはパリの日本文化会館で、展示主任を長年されていた。
ご主人のブリュノさんは版画家、画家だったが、コロナの時期に、80代で、永眠された。
かずえさんに、ご主人の版画の画集を頂いてから、時々、ページを捲って、お会いしたことはなかったが、素晴らしい版画家のその人生を、ぼくなりに、なぞっていたりしたので、かずえさんが、ぼくの絵を見に来てくださることになって、珍しく仕事場の掃除などをやった父ちゃんなのだった。
かずえさん、来るなり、ブリュノの遺品というか、彼が使っていた、筆とか木炭などを一式、くれたのだ。
びっくりした。
というのも、いつも画集を眺めていた人が生前つかっていたものだったから、・・・。
「いいんですか? こんな大事なもの」
「いいんです。辻さんにこれを使いこなしてもらいたい。あなたはきっとこれをすぐに使いこなすはずだから」
ずっと、ほしかった木炭(チャコールグレー)であった。
絵筆の先には、ブリュノさんが使っていた時の油絵具や、アトリエの匂いというか、彼の指先の感触さえもが、残っているように、感じられた。

フランスアート日記「学芸員のかずえさんから、ご主人がかつて愛用していた筆と木炭をもらった」

フランスアート日記「学芸員のかずえさんから、ご主人がかつて愛用していた筆と木炭をもらった」

フランスアート日記「学芸員のかずえさんから、ご主人がかつて愛用していた筆と木炭をもらった」



ぼくは、まだ、木炭で絵を描いたことがなかった。
だから、使い方もわからなかった。
「このゴムで、ちょっと消すと、明るくなるの」
「ハイライトですね」
「そうそう」
ぼくは、本棚から、使ってないスケッチブックを取り出し、その木炭で、最初のページに何か、思うがままに、描いてみた。
「あら、もう、何か出てきたわ」
「そうですね。面白い。すごいものをもらっちゃった。どんどん、作品できそうです」
あっという間に、ノルマンディの街角がそこに浮かび上がったのだ。
「これ、かずえさん、よければ、どうぞ持って帰ってください。サインしておきます」
「ええ、いいの?」
「もちろんですよ。これは、ブリュノさんの木炭なんですもの」
何か、一緒に、描いたような気がしたのだ。

フランスアート日記「学芸員のかずえさんから、ご主人がかつて愛用していた筆と木炭をもらった」

フランスアート日記「学芸員のかずえさんから、ご主人がかつて愛用していた筆と木炭をもらった」



それから、ぼくらはごはんを食べに行った。
そして、ぼくは、かずえさんから、たくさんのアドバイスを貰ったのだ。何十年もパリで美術展覧会の仕事をされてきた、そういう方のアドバイス、それはまるで、ブリュノさんがぼくに意見をしてくれているような、・・・。
「どんどん、悩まないで、好きなことをやればいいし、描けばいいんです」
そういうようなアドバイスだった。
ぼくの事務所に飾ってある絵をじっと見つめて、ここには光があるわ、とおっしゃってくれた。光があることが、大事なんです、とぼそっと言われて、なんか、嬉しかった。
ぼくは、がぜん、描かなきゃならない、と思った。
「辻さん、いつか、版画をやったらいい」
「やりたい、実は、中学生の時に、木版画をやっていたんです。母さんが木彫りの先生だったから、彫刻刀で、笑」
「じゃあ、そのうち、銅版画かな。あれは、最初に世界を持って描かないとならないから、また、油絵とは違うのよ」
かずえさんの横に、ブリュノさんがいるような気がした。
生きているかぎり、ぼくはキャンバスに光を集めたい、と思った。

フランスアート日記「学芸員のかずえさんから、ご主人がかつて愛用していた筆と木炭をもらった」

※ 事務所にはいま、100枚ほどの作品が展示されている。かずえさんに、ひとつひとつ、説明をする、父ちゃん。ま、説明といっても、語る感じ、・・・作家って、孤独だから、聞いてもらえると、嬉しいものなんです。

フランスアート日記「学芸員のかずえさんから、ご主人がかつて愛用していた筆と木炭をもらった」

※ こちら、カメラマンの小田さん。彼がぼくの全ての絵画作品の撮影をしています。いつか、フランスで画集だせるといいですね。ふふふ。



フランスアート日記「学芸員のかずえさんから、ご主人がかつて愛用していた筆と木炭をもらった」

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
そして、そのあと、朝までかかって、絵の梱包もしました。長い時間をかけて描いた絵を一枚一枚、ちゃんと包んで、箱に入れていく、これがまた、大変な仕事なのですが、それは、次の作品を迎えるための、準備でもあるわけです。

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フランスアート日記「学芸員のかずえさんから、ご主人がかつて愛用していた筆と木炭をもらった」