JINSEI STORIES

ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」 Posted on 2024/11/21 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、日本で、秋のこの時期にしか食べることのできない料理を、味わいたい。
そう、思って、飛行機に乗って、11月の東京に降り立った、父ちゃんの美食旅、第一弾。
店主自らが足で歩き、産地から取り寄せた、こだわりの食材を、名作舞台を観劇するように味わうことのできる、こちらのお店、やっぱり今日も大満足であった。
たまには贅沢がしたい。
いつもキッチンに立ち、自炊しつづける父ちゃんだが、日本に来た時くらいは、頑張った自分へのご褒美、許されるだろう。
だけれど、胃袋は一つなので、なんでもいいわけにはいかない。
口うるさい父ちゃんだけに、腹はもっとうるさい。
その腹を満足させられるここぞという店を選ばないとならない。
まずは、日本到着早々に駆け込んだこちらのお店を、ご紹介しましょう。

最初に出されたのは、香箱蟹(こうばこがに)の一皿だけれど、身を丁寧に、うつくしく、きれいにかきだし集め、甲羅の上に盛り付けられ、さわやかな柑橘系のジュレが覆った一品で、この蟹を目当てに毎年やってくる人がいるほどの人気もの。
解禁の時期が短く、まさに、この時期しか頂くことが出来ない、貴重な一皿。
そとこ、うちこが左右に配置され、とくに、そとこのシャリシャリの食感がリズミカルに宴のスタートを切る、口に頬張った瞬間の、いきなりの風味に、相好が崩れまくった、絶品であった。

ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」

ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」

ふかひれの中華風のスープの下に、ゆり根が隠されており、まずは、胃を優しく整えるところから、はじまる。

ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」

バター風味豊かなブリオッシュのパンの上に、ウニとキャビアが並ぶ作品で、静岡産のキャビアは、粒が大きく、濃度もたかく、ロシア産のものよりも、ぼくは好み。最近は、フランスや中国産の良質なキャビアが出回っているが、静岡産、すごいじゃん、と唸った。キャビア独特の塩味も控え目で、しつこさもなく、けれども広がり、濃度があるのが、いい。ブリオッシュの上にウニとキャビアという配置、シャンパーニュの泡がこれを口の中で、一つの作品に仕上げていく、至福の一皿、これも、絶品であった。



ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」

透明の袋の中に何か入ったものが出てきた。ホイル焼きのような感じで、開くと、いきなり、松茸の風味が覗き込んだぼくの顔を包み込んだ。真鯛と松茸のスープ仕立てになっている。まずは、スプーンで、スープを味わうが、手が止まらない。松茸がそこまで好きではないぼくなのに、これまで味わったどの松茸の食べ方よりも松茸を国際的に仕上げている。こういう手があったのか、と思わせた逸品で、その松茸自体も弾力があり、噛めば風味が滲みだし、見事。鯛の存在さえ、忘れてしまった。秋の深みと風味を堪能できる見事な演出、ああ、この店主は演出家なんだな、と気が付いた。

ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」

※ 丹波の松茸だそうです。

ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」

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不意に店主がマジシャンになるような瞬間が訪れる。鉄板から湯煙があがり、バターなのかなー、シメジとマイタケのような日本のキノコに柔らかく、なのに、ちゃんと弾力のあるアワビが添えられていて、焦がしバターソースのようなものが絡まって、口腔をたぶらかす。大舞台の大団円へと向かう半ばの仕掛け。演出家に踊らされる観客の気分で、アワビの歯ごたえを楽しむことのできた中興の一皿であった。



ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」

そのアワビの肝で作ったリゾットの上に、アルバ産の白トリュフが覆った、小皿小品で、鼻がよいぼくにはここで、アルバ産かよ、とにやにやさせられた演出でもあった。しかも、フランスではめったに食べることのできない銀杏が、最高のアクセントを演じており、アワビ肝のリゾット、白のトリュフ、銀杏、この三位一体、太刀打ちできない贅沢とバランスに、演出家の遊び心を感じさせられた一品であった。

ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」

牛カツというものが最近、流行りだけれど、こちらの店主のカツレツは、天女の衣のような、薄く柔らかいカツレツの上品さに、思わず舌を巻き、巻き過ぎて、とれそうになった。しかも、タリアータのごとく薄くカットされており、添えられた海塩との相性がまた抜群で、余韻が長い。丁寧な仕上がりに、拍手を送ってしまった。

ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」

そして、最後はまさに、本ステージ最後のカーテンコールのような一皿で、富山の白海老がしっかりと風味を持ち込んだカレーライス。ここで、カレーライスか、と思わず席を立ち、これまでの演者たちに拍手をしたくなるような、瞬間。気が付けば、ぼくはレストランにいるのに、舞台を観劇したような興奮の中にいたのだった。お見事。

つづく。

フランスの友人のシェフたちをこの店に連れてきて、どうじゃ、うまかろう、と自慢してやりたいな、と真剣に思った、名店でありました。これだけの食材が並ぶのだから、それなりの値段はしますが、価値は十分にありました。いい舞台を見せて貰えたと、店を出る時に、目も、胃も、心も、大満足な観客になっている自分に気が付き、やっぱり、帰り道笑顔が続いたのであります。短い日本滞在ですけれど、日本でしかできない贅沢を、まるで、外国から来た観光客のような気分で味わいたいですね。次はどこの店に行こうかな、第二段、お愉しみに。

ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」



イタリアで、新刊が出ました。イタリア在住の皆さん、イタリアのお友達に読んでもらえたら、幸いです。グラッツェ。

ニッポンごはん日記「日本の旬をいただく。日本の秋を食べつくし、大満足な父ちゃん」

TSUJI VILLE
自分流×帝京大学

「お知らせ」
父ちゃん作の「NEHAN」が現在、以下で、御覧にいただけます。

辻仁成 展
-Les Invisibles NEHAN-

主催 帝京大学総合博物館
対象者 どなたでもご覧いただけます。(事前のお申込は必要ありません)
入場無料です。
会場 帝京大学総合博物館ミュージアムプラザ(帝京大学八王子キャンパス ソラティオスクエア地下1階)
会期 2024年10月18日(金)~12月23日(月)

開館時間 9:00~17:00(最終入館は16:30)

閉館日 日曜日・祝日

臨時開館日 10月27日(日):青舎祭(大学祭)実施日(一般来館可)

臨時休館日 12月14日(土)
備考
・大学構内には駐車場がございません。公共交通機関をご利用ください。
・高幡不動駅・聖蹟桜ヶ丘駅・多摩センター駅から「帝京大学構内」行きのバスが便利です。(所要時間15~20分)
・車いすでご来館予定の方は事前にご連絡ください