JINSEI STORIES
フランスインテリア日記「注文していた額が完成し、事務所の応接間に。おお、ビューティフル!」 Posted on 2024/11/07 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、ついに頼んでいた額が完成したので、取りに行った。
「いやあ、この間は、お母さんと間違えてごめんなさい」
開口一番、額屋のフィリップが言った。
覚えていたのだ。うちのスタッフのお母さんだと思ったって、ひどいやつだ。
なので、決まり文句、
「I have」
と言っておいた。
「you have? what???」
女性に間違えられたことはまだしも、よくあることなので別にいいんだけれど、(いいんかい!)、あなた(スタッフさん)のお母さんでしょ? と言われたのはショックだった。
ってことは、おばあちゃん確定ということじゃんか。
「おばばです。確定」
「いやいや、ごめんごめん。なんか、ちゃんと見てなかった」
「ちゃんと見ろよ。確定かよ」
「ほんとに、千回ごめんと謝ります。確定じゃないです」
ぷんぷん。
すると、
「値引きします」
とフィリップが言い出した。
「画家料金です。だって、この絵、ぼく大好きだから」
画家料金って言葉で、めっちゃ気をよくした父ちゃんであった。
それが、10%もひいてくれた。
「うれしい」
「はい、これです。気に入ってくれましたか?」
「おおおお、これかァ、すげー、いいじゃん。
「いいでしょ? だって、絵がいいからですよ。あなた、もしかして有名な日本の画家さんなの?」
「いいや、別に有名じゃない。その辺のおばあちゃんです」
「またまたまた。実際は、若いんですか? (この訊き方、腹立つ)」
「年齢はきくもんじゃないのよ。想像しなさい!!!」
言い方が2丁目っぽくなった、父ちゃんであった。I have it!
※ で、事務所のサロンに飾ったら、おお、ビューティフルじゃーん。
長谷っちが、会計の仕事で来ていたので、小一時間、額論について、話し合いになった。
「先生、絵って、額が難しいですよね。額縁がその絵を台無しにするものばかりで、ほんとに、額いらないよなって、思うんですよ」
「まーね、難しいよね。でも、この額は、よかったんじゃない?」
「いいですね。ケース・アメリケーン。この額の太さって言うんですかね、薄さって言うんですか、いいころ合いですな」
「うんうん、いいんだよな。フィリップは人のことをちゃんと見ないが、絵はちゃんと見ることが出来る眼力を持っている。だから、明日、あいつを持っていくんだ」
ぼくは個展で飾ったけれど、結局、売るのをやめた作品を指さした。
ぼくは高校生のころから仏様の絵をずっと描いてきた。
今、帝京大学の博物館で展示されている「NEHAN(涅槃)」図が、自信作なのだけれど、その直後に描いたのが、「寛容、tolerance」という作品で、買いたいという人がいたのだけれど、直前になって、売らないことを決めた。
アトリエの入り口に飾ることにしたのだ。
で、その額装をフィリップに依頼することに。
「マジですか?」
「うん。なんか、同じ、ケース・アメリケーンがいいかな、と思って」
「50号(117センチ×91センチ)ですよね。高そう」
「それがね、画家割引してくれるって」
「おお、それは素晴らしい」
「額と絵のあいだに1センチの黒い溝を作るからね、絵が木枠の中で、生きる。仏陀が、世界を凝視する感じだね」
「先生、楽しみですねー」
長谷っち、大いに気に言ってくれたのだった。
ぼくも嬉しい。ずっと見ていられる。
この絵は、20センチ×20センチという小さな絵で、シリーズのタイトルは「時の記憶。Memoire du temps」というのだが、宇宙が持っている記憶を、今を生きるぼくが想像して、ここに詩を彫るように描いているのであった。
・・・と、ここで、まだニスを塗ってなかったことを思い出した、父ちゃん。
でも、ま、売らない作品だから、いいよね。
ノルマンディのアトリエの一角に、小さな画廊を作って、眺めてコーヒーを飲むんだ、と決めている。
この子は、そこに飾られることになる。
いいね。
そのうち、額を自分で作りたいなー、と思っているので、お愉しみに・・・。
※ 夜は、こんな感じ・・・。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
アメリカの選挙、トランプさんになりましたね。さて、これから世界がどうなるのか、田舎のアトリエにひきこもって、様子を見ていこうと思います。おばあさん、確定した、父ちゃん画伯ですが、よろしくね。
その、父ちゃんのNEHAN図が、12月まで、無料で、御覧いただけますよ。八王子周辺にお住みの皆さま、ぜひ、足を運んでみてやってくださいまし。
サイズは、「寛容」の三倍の大きさ、50号×3でーす。
辻仁成 展
-Les Invisibles NEHAN-
主催 帝京大学総合博物館
対象者 どなたでもご覧いただけます。(事前のお申込は必要ありません)
入場無料です。
会場 帝京大学総合博物館ミュージアムプラザ(帝京大学八王子キャンパス ソラティオスクエア地下1階)
会期 2024年10月18日(金)~12月23日(月)
開館時間 9:00~17:00(最終入館は16:30)
閉館日 日曜日・祝日
臨時開館日 10月27日(日):青舎祭(大学祭)実施日(一般来館可)
臨時休館日 12月14日(土)
備考
・大学構内には駐車場がございません。公共交通機関をご利用ください。
・高幡不動駅・聖蹟桜ヶ丘駅・多摩センター駅から「帝京大学構内」行きのバスが便利です。(所要時間15~20分)
・車いすでご来館予定の方は事前にご連絡ください
それから、YouTubeに、引退ファイナルコンサートの映像、宣伝~PVですが、出ました。一曲目の登場のシーンが、3分ほど、えへへ、よければ、ちらっと御覧ください。しかし、宣伝ですから、すいません。
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https://m.youtube.com/watch?v=VZY8tMNALP8