JINSEI STORIES
フランスごはん日記「調子が出ない時は移動して、空でも眺めて、美味しいもの食べなさい」 Posted on 2024/10/23 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、暗い昨日にお別れをした。
今日は快晴で、気分をかえるには、うってつけの日であった。
しかし、なかなか気分をアップさせるのは難しい。
そこで、パリを離れることにした。
そういう時は、移動して、海でも眺めて過ごすのがいい、と思いつき、創作を一時中断し、三四郎と田舎を目指したのだった。
煮詰まったら、一度、やめてみる、というのも一つの手だと思う。
それは、いい手だと思う。
諦める必要はないけれど、手を離れることで、時間がその隙間を埋めてくれたりする。
そもそも、人生というものは不可抗力の塊なので、逆らっても意味がない。
風が吹いたら、流されてみよう。
自分が正しいのであれば、そのうち、世の中が、追い付いて来る。
抗うのもいいけれど、疲れるだけ損だから、一瞬、手放すのは最善策なのだ。
そうやって、ぼくは人生の荒波を何度か、実際、乗り越えてきた。
今も、まさに、舵を切る、タイミングである。
とりあえず、2,3日、パリを離れて、海風に目を細めていよう。
おお、素晴らしい景色ではないか、心が休まる。
心にまとわりついた汚れを洗い落とす、ぜっこうのチャンス到来だ。
海辺を歩く。
三四郎があとを追いかけてくる。
カフェに入り、コーヒーを注文する。それだけで、落ち着くものだ。
何をあくせくする必要など、あるだろうか、とコーヒーを味わいながら、思う。
いつも思うことだが、自然にはかなわない。
これほどの自然を前にすると、自分の小ささに改めて気づかされる。
逆を言えば、もっともっと、おおきなもの、を創作できるのじゃないか、と思わされたりもする。
もっともっと偉大な世界を想像しようじゃないか。いいねー。
自分を大きくリセットしなおすのは、大切なことだ。
パソコンと一緒で、時々、リセットしないと、鈍くなる。
そのうち、きっと、いいこともある。
悪いことが続くのは、いいことが押し寄せてくる前兆じゃないかね、ひとなり君!
うんうん、よくわからないが、意味もなく、納得した。
まだまだ、道のりは長い。
人生、でこぼこもあるし、足元がぬかるんで前進できない日もある。
でも、逆に、一気に物事が動く時もある。
何か、美味いものを、食べてみようじゃないか。
油絵具やカンバスを買うために用意しておいた100ユーロ紙幣が財布の中にある。
今日は、これで、美味しいものを食べて、自分にご褒美を与える日だ。
いいね、そういう日も必要なんだよ。
浜辺に座り、走り回る愛犬を見つめて、海の向こうに沈む夕陽を見送る。
ぼくがぼくであるために、大事なことは、時々、リフレッシュすること、つまり、自分の心をリセットすることなのだ。
海をじっと見ていると、ぼくの脳は、自動的に再起動している。
いったん、空白になり、リフレッシュした頭は、ゆらりゆらりと、再び、動き始める。
こういうことが大事なんだと思う。
くたくたになってもいいけれど、もう駄目だ、と思う時、自分ではどうすることもできない不可抗力の攻撃があった場合、いったん、その場から離れて、自然と向き合えばいい。
自然は教えてくれるだろう、自分が人間であることを。
儚い人間なのだ。無理をしてはいけない。
急いでも、たどり着ける場所は、天、しかない。
焦らず、残りの時間を有意義に過ごそうじゃないか。
グレートリセットをするのだ。
今こそ、ぼくは、ぼくであり続けるために、大きな再起動をやった。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
長閑な世界が、ぼくの赤い目の中に注ぎ込まれてきます。深呼吸をして、少しのあいだ、白砂と泣き濡れて戯れていることにします、啄木。それでは、ごゆっくり。