JINSEI STORIES
フランスごはん日記「出た、また、この男や! 絵を届けるついでに、野本弁当をつついた父ちゃん」 Posted on 2024/10/21 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、悪友の呑もちゃんこと、野本が、買ってくれた小さな絵を、届けにオペラまで出向いた。
「今日、帰って来る。うちの嫁さんと娘たち。また、騒がしくなる」
と、訊いてもいないが、言った。
まるで、一人が平和だったかのような口ぶりであった。
あんなに美人で、おしとやかな奥さんがいて、とぼくからすると、羨ましい限りの話なのに、立場が変わると、いろいろとあるのだろう。
贅沢な人間にしか、ぼくには、思えない。羨ましい話であった。
「絵を持ってきた」
ペットショップの袋に、絵を入れて運んだら、
「箱とかに入れて持ってくるのかと思ったら」
と文句言われた。いきなり。
「ペットショップの袋がちょうどよかった」
と言って、笑っといた。
「この絵は、小さいから、箱とかいらんやろ、そんな仲じゃないやん」
あはは。
「大事なのは、中身や、中身。絵はちゃんとプチプチとクラフトペーパーで、包装している」
「そうか、ま、ええわ」
※ 頼んでないのに出てきた、かしわ。
※ 頼んでないのに出てきたジロール茸の茶碗むし。
※ この絵が、野本が買った絵である。ちょっと不釣り合いな気がするが、目の付け所は、いいね。どこに飾るんやろ? 奥さんのますみさんに、任せましょう。
なんか、頼んでないのに、
「ウニ食べたいか~? いいのが入っているでー」
と言われたので、もちろん、くれるのだろうと、思って、笑、
「え、ああ、いいね。ほな、もらおうか」
と言ったら、ちゃっかり、全部、お会計にふくまれていた。あたりまえか・・・。
しかし、この訊き方だと、ご馳走してくれるのかな、と思うやんな? あまいか・・・。
つい、この笑顔に騙されてしまう。
お腹すいてないから、お弁当だけで十分やのに・・・。
いろいろと食べさせられてしまった。
悪気はないんだろうけれど、次回から、気を付けよう。
いつも、値段とか、見ないで、カード決済なのだが、今日はたまたま、レシートをみて、
あれ、全部、入っている、と思った、父ちゃん。
いつもご馳走になっていたと思って、いたせいもあり、軽い衝撃が走った。
野本の誘導の仕方が、たくみすぎる、笑。
「美味しいジロールがあるが、食べていくか? なんか、適当にだそうか? ひとなりの口が肥えてるからね、なんでも出すわけにかいかんやろ」
「ま、そうやな。ええな」
この笑顔にいつも、騙されてしまう。あはは。
※ でも、仕事をしている時は、真面目なんだが、思えばいつもアシスタントの子は、美人な子が多い。そこは気になるところだが、奥さんも美人だし、ああ見えて美的感覚があるのであろう。一応、写真家だし。
※ 「ひとなり、今日のうなぎは、これや。肉厚やろ」というので、ぼくは「ウナギ弁当を奮発することにした」と伝えた。他は頼んでない、という意思を一応にじませた。あはは。別に、けち臭いことはいいたくないから、いいんだけれど。絵も買ってもらったし。「この絵は、7割引きで、買う」と会場で、偉そうに言っていたが、誰もそんなことするやつはおらんし、それはない。あいつ、ちゃんと払うだろうか? ウナギを見せに自慢しに来たので、日記用に写真撮るから笑顔プリーズ、と注文すると、うっすらと、笑った。芸能人のような呑もちゃん。しかし、意外なことに、ファン多し。
※ ぼくが実際に頼んだのは、このお弁当であった。いや、マジで、美味しかったが、野本の料理は上品すぎて、うなぎ屋で食べるようなあのタレの染み込む感じがない。あの顔に似合わず、マジで、お上品なので、びっくりする。サイコパスなのだろうか?
※ 66歳の男が、今も、厨房に立ち、10人ものスタッフをあやつって、働く姿だけは、マジで、感動する。ぼくはいつもカウンターの端の席に座る。もう、引退したらいいんやないか、といつもすすめているが、「何、いってんだよ。死ぬまで」と苦笑いを浮かべる。男って、仕事が好きなんだよねー。人のこと、言えんな。あはは。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
それでも、友だちの店で、焼き鳥を齧るのは、ひと時の休息になりますね。会計せずに、こっそりと帰るテもあったのですが、根がまじめですから、レジで、普通に払って、とぼとぼと帰りました。とりあえず、一番最初に、絵を受け取ったのが、この男だった、というお話です。めでたし。
次の生放送ラジオは、25日です。日本時間、22時になります。楽しみですね。ご視聴ご希望の皆さま、下のTSUJIVILLEのバナーをクリックしてみてください。
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