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フランスごはん日記「電子レンジの横にある、これがなんだかわかりますか? えええ!」 Posted on 2024/10/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ブルターニュから戻る途中なのである。
ジェロジェロから、父ちゃんのアトリエに最適じゃないか、と連絡があり、日帰りでブルターニュ県まで車を走らせ、かつて画家が使っていたというアトリエを見に出かけたのだった。
そこは天井も高く、大きな絵の制作にはすごく適していたが、あまりに田舎で、驚いてしまった。
というのは、周囲に家がないのだ。
牧草地と山とのあいだにあり、海からもそう遠くはないが、人里離れた秘境的な場所で、そこに籠ったら、もう、元の世界には戻れないくらいの辺鄙な世界なのだった。
でも、物件はすごくよくて、悩ましい。
仙人のような人生を選ぶのであれば、もってこいだった。
しかも、そういう辺鄙な場所だから、家賃も驚くほどに安いのである。
「でも、ちょっと考えさえてください」
と言い残して、いったん、帰路についたが、その途中に、友人のチャールズの新しい家があることを思い出し、立ち寄ることにした。
「今から、行ってもいい?」
「もちろん。ちょうど、昼食を食べようとしていたところだよ」
ということで、ハンドルを切って、ノルマンディを目指したのだった。
「まじで、そんな田舎にアトリエを借りるのか?」
チャールズが料理をしながら、言った。
「ただみたいな金額だし、広々としているんだよ」
「ツジー、ちょっと待て。俺がこの辺で、いい物件を探してやるから」
「ほんと?」
「ああ、いくつか、思い当たる場所がある。元ワイン倉庫とか、陶芸家が使っていた古い工房とか、工場跡とか、いろいろとあるよ」
「いいね。君んちの近くにアトリエを持つことが出来れば、寂しくないし」
「よし、探してみる」
ということで、新築のチャールズの家で、昼ごはんとあいになった。
「それなに?」
「これ? これは知らない?」
「はじめてみた」
電子レンジとか、オーブンと一緒に並んで、変な機械が設置されていた。
「蒸し器だよ」
「蒸し器? それが?」
「そう、シュウマイとか、蒸す装置なんだ」

フランスごはん日記「電子レンジの横にある、これがなんだかわかりますか? えええ!」

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ということで、チャールズがぼくのために作ってくれたのは、水餃子、であった。
餃子を蒸して、さっぱりしたスープに浮かべた料理・・・。
「水餃子???」
「そう、作ってみた」
「すご。何が入っているの?」
「いろいろと入ってるよ」
味見をして、びっくり、なんか、キノコとか、ハーブとか、え、もしかして、チーズ? なんか鹿肉のようなものも、不思議な味だった。
でも、水餃子を知ってて、作ったわけじゃなく、何かでも見て、真似たのであろう。スープは牛テールのダシで作ったさっぱりした、味わい、美味い!!!

フランスごはん日記「電子レンジの横にある、これがなんだかわかりますか? えええ!」

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奥さんが、
「ツジー、よかったら、サウナに入っていく?」
「サウナ?」
「ええ、二階に作ったのよ。サウナ」
ということで、見学に行ったら、マジで、サウナ。遠くに広がる英仏海峡を見ながら素っ裸で、汗をかく、という世界であった。ううう、・・・。
仏語で、サウナ、のことを、ソーナ、というのだ。へんなの。あは。
しかーし、さすが、星付きシェフはリッチだ。
「いや、ぼくはサウナ、苦手なんだ」
と断った。
「なんで、あんなに気持ちがいいのに?」
とチャールズに首を傾げられた。
「ぼくは、何かしてないとダメな人間だから、汗がじわっと出てくるのをじっと待っているようなことが出来ない」
あはは、と笑ったご夫妻だった。
「ヒトー、わかるわー。あなたは、いつも何かしてないとダメな人間だものね。でも、たまに、海でも見て、汗を流したらいいのよ。そんなに急いでも、みんなゴールは一緒なんから」
ああ、わかる。そうなんだよね。
そうなんだけれど、ぼくは、じっとしていられない人間なのだった。
ま、貧乏性ということで、彼らのような暮らしはできません。
汚い作業場で、絵や小説や音楽を生み出すのが、ぼくの生き甲斐なのでありました。あはは。

フランスごはん日記「電子レンジの横にある、これがなんだかわかりますか? えええ!」



フランスごはん日記「電子レンジの横にある、これがなんだかわかりますか? えええ!」

つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
とりあえず、働く場所を確保することは大事ですよね。いい環境を目指して、今は、いろいろとリサーチしていまーす。場所を選ばない小説、場所がないとなかなか難しい油絵、違うんですよね。でも、生きる上で、どこで生きるか、これは、大切かもしれません。たとえば、ぼくの絵は、パリやノルマンディで描いているから、あの色が出るわけです。
じゃあ、生放送ラジオまでに、パリに戻ります~。安全運転で!!!

TSUJI VILLE
自分流×帝京大学