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フランスごはん日記「パリ初個展中日、折り返し地点まできた。絵が欲しいと思う人の気持ち」 Posted on 2024/10/09 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、いろいろな人たちから、ぼくの絵に対する感想を頂き、めっちゃ、勉強になっている。
「あの、大きな窓が二つもあるので、自然光が入って来て、照明の光と混ざって、作品がとっても人間的に感じるんです」
とある女性が言った。
「振り返ると、窓ガラス越しに煉瓦の建物が見えて、そういう画廊で、辻さんの作品を観ることが出来て、日本の個展会場とはまた違った感動を頂きました。パリまで、来てよかった」
というのは日本から来てくださった方。これは、スタッフさん経由で聞いた話。
でも、なるほど、と思った。
マレ地区の、建物が、ぼくの絵の横にあるのって、ある意味、すごいことじゃね?
日本から、十数人、もう少しいたかもしれない。遠くまで来てくれてありがとう。でも、マレ地区、素敵だよねー。
みなさんの感想、マジで、嬉しいし、自然光が本当に、絵を立たせている。
毎日、少しずつ、絵が引き取られているのだが、中には、すでに売約済みの絵をどうしても注文をしたい、という人もいる。けっこう、いる。
でも、同じ絵は描けないので、そこが難しいね。
高額な作品は決めかねている人もけっこう、いて、当然だと思う。画廊が決めた金額なので、ぼくはどうすることもできない。

スタッフさんに、若い学生さんみたいな方が、ローンで買えますか、と訊いてきた、のだとか・・・。
あああ、ぼくは心臓を射抜かれた。
ローンってのはないけれど、そこまでして、ぼくの絵を持ちたいという気持ち、嬉し過ぎる。
なんとか、答えたい、とスタッフさんにはお伝えした。ローンはね、クレカ会社じゃないから、難しいだろうね。
実はぼくも、まだ、25歳の頃、初ニューヨークで、ピカソの版画を買うか、悩んだことがあった。
ぎりぎり、全財産で買えるかな、という感じで、ずっと悩んだ。(版画で、サインのないものだったから、たぶん、40年前だし、今思えば、安かった)
でも、その絵はぼくのところにはこなかった。
そういえば、とあるお客さんが、「En attendent le soleil、太陽待ち」というぼくの作品をものすごく、欲しい、のだけれど、ご主人と意見があわず、断念せざるを得ない、ということで、その方の長いお手紙を頂いた。ご丁寧にすいません。
ああ、こういう人にこそ、実は、持ってほしい、のに、と思うよね?

絵の売り買いはものすごく難しいし、最終的には、ご縁、なのかな。
世界で一枚しかない、コピーじゃない、実物、だからである。
あの絵か、と思うと、その時の気持ちが蘇って来る。
「太陽待ち」はぼくの小説からもらったタイトルで、これは、人々の安寧を描いた作品なのだ。ものすごく時間がかかった、苦新作でもある。
寝ている女性は仏陀にも見えるが、それは安寧の証拠であり、人々の暮らしを、守っている。
別の男性が、やはり、その絵をすごく好きで、悩んでおられた。
「これは、人々を守っている絵ですよね」
と言った。
絵というのは、見る側の感性で、作者の想いを超えることがあるが、こうやって、一致することもある。
ああ、買えないでも、好きだ、この絵が、と言ってもらえるだけで、ありがたい。
マジで、励みになる。

フランスごはん日記「パリ初個展中日、折り返し地点まできた。絵が欲しいと思う人の気持ち」

フランスごはん日記「パリ初個展中日、折り返し地点まできた。絵が欲しいと思う人の気持ち」



個展がはじまって、5日目になったが、様々な人が入って来て、自分のお気に入りの作品の前で、足をとめ、長い人は、一時間くらい、見ていく。
ぼくがいてもいなくても、関係ない。
絵とその人の対話が始まっているのである。
ぼくは数か月をかけて、一枚を仕上げるので、その期間の思考が蘇る。
息子の世代の、若い大学生、美大生なども、普通に入って来る。
そして、仲間たちと、語り合っている。
その彼らの背後に、パリのマレ地区の建物が見える。空が見える。
ここは、ぼくが23年も暮らした世界なのだ。
前に進んだり、後ろに下がったりしながら、人々がぼくの絵を見ている。
後ろに下がってしばらくすると、前に近づいて覗き込んでため息をついている。
たまらなくなって、近づき、
「ハロー」
と声をかけてみた。
「細部に描かれた世界と、ひいて見た時の印象が全然違うんですよ」
「なるほど」
ぼくは嬉しかった。
この人は、通りすがりの人だった。まだ、若い人だ。
「なんでか、いろいろと思い出すことがあって・・・」
嬉しい。
「長い物語を読んでいるようです」
「ありがとう」
それ以上の説明はいらなかった。
息子は、親を褒めないので、ノーコメントだったが、彼が連れてきた大学生たちが、やっぱり、小説や詩を読んだ後みたいな感じになった、と言っていた。
ぼくはたぶん、表現者として、どの表現も同じなんだよね。
でも、絵がいいのは、その人の直感と直結できる、ということかもしれない。
画廊の近くでクラシックのギタリストが演奏をしている。
そのギターの音も聞こえてくる。
そういう画廊街なのである。

フランスごはん日記「パリ初個展中日、折り返し地点まできた。絵が欲しいと思う人の気持ち」

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ぼくは、事務所兼自宅に戻って、パスタを茹でた。
ささみ肉をパン切り包丁で削ぐように削って、味噌で味付けし、生クリームとか、マスタードとかレモンで調整して、不思議なパスタを作って食べた。
食べ終わったら、再び画布に向かう。
まさか、絵で生計を立てるつもりじゃないだろうね?
ダーウインの進化論の一節を思い出した。
「恐竜のような強い生き物が生き残るんじゃない。賢いやつが生き延びるんじゃない。変化できるものが生き残るんだ」
進化論が正しいかどうか、わからないし、ぼくが進化しているとも言い難いが、ぼくはこう解釈した。
「好きなことを真剣にやっていると古い囚われた自分から脱却できるのだ」
あはは。
ぼくの新たな旅はこれからどこへ行くのかわからないけれど、創作することに終わりはない。
ぼくは人間であることをものすごく楽しんでいる。
誰かが耳元で言う。
「誰にも支配されない芸術家になれ!」

フランスごはん日記「パリ初個展中日、折り返し地点まできた。絵が欲しいと思う人の気持ち」

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つづく。

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