JINSEI STORIES

滞仏日記「日本人が、パリで初個展を開催することの大変さについて」 Posted on 2024/09/29 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、実に、胃が痛いのであーる。
フランスでの初個展が、6日後に迫った、今、急に、大変が押し寄せてきた。
なにせ、ぼくも当事務所スタッフ一同も、フランスのギャラリーで個展を開催するのは、生まれてはじめて、だからだ。
とにかく、経験者がいないので、日々が勉強の連続。
今日は画廊サイドの担当者やオーナーたちと、細かいやりとりを、行った。
もしも、絵が売れた時に、どうするのか、ということ、とか、その絵を、どうやって、購入者に届けるのか、ショーウインドーに名前を出す必要があるのか、などなど、疑問がいまさら、押し寄せてきたのである。ひゃああ・・・。

そもそも、日本とフランスでは個展へのシステム、感覚がぜんぜん、違うのだ。
ぼくは日本での様々なキャリアが長いので、その分、期待も最初から強くて、正直、そこはしんどかった。
フランスでは無名なので、逆の意味で、どうやって、目にとめるか、が今は、問われている。
でも、そもそも、日仏で、「画廊で個展をする」感覚に、温度差があった。
パリの画廊の考え方は、絵を売ることは仕事だからもちろん、大事なのだけれど、絵を誰に届けて、誰の目にとまらせて、どういう評価を得るか、をすごく気にしている。
「辻、絵は、1,2枚しか売れなくてもいいんだよ。大事なのは、誰が、君の作品を認めて、評価するるかだからね」
と画廊主のトマが言った。
今回、全体を牛耳っている美術史家のメトラル教授も同意見だった。
「売れた方がいいけど、売りたくない場合、無理して売らないでもいいよ」
すごいことを、今日、いきなり言われて、面食らった。でも、実は肩の荷がおりた。売りたくない絵もある、のは、当たり前だというのである。
ということで、個展開催期間のある日に、フランスで活躍する芸術家を招く日があって、この日は、美術界の人たちばかり集まる、大変な日なのだ。
いろいろな人たちが、噂を聞きつけてやってくる、というのである。
これが、胃が痛い、理由でもある。
でも、ぼくはぼくの絵を信じて、壁に、飾る、しかない。当然だ。
そして、ぼくは、やってくるフランスの芸術界の方々と、向き合って、議論をすることになるのだ、とか・・・日本では、内覧会はあったが、そういう会は、なかった。
ま、無名だからね、当然だけれど・・・。
「売れないでもいいんだよ」
「トマ、そんなこと、言うなよ。一枚くらい売れたら嬉しいじゃないか」

滞仏日記「日本人が、パリで初個展を開催することの大変さについて」

滞仏日記「日本人が、パリで初個展を開催することの大変さについて」



今日、ポスターが刷り上がって来た。
事務所にどんと届けられたポスターの山を前に、ちょっと、緊張した。
「先生、いい感じじゃないですか? 印刷の技術のおかげっすね」
皮肉屋の長谷っちが、くすくす、笑いながら、言った。
「これ、どこに貼られるの?」とぼく。
「パリ中心部と、マレ地区全域だということです」
岡っちが、書類を見ながら、言った。
「先生、この絵を見て、個展に来てもらうって、すごいことじゃないですか?」
「なんか、大丈夫かな、こんな暗い絵で」
「先生らしくないなー。暗い世界が先生のとりえ、魅力じゃないですか」
どういう意味なんだよ、と思った。
「ミロとか、さわやかな印象派の画家のポスターはけっこう、そこらで見受けますが、こんな暗い、陰鬱とした悲しい絵のポスターって、逆に目立つと思うんすよね」
かっちーん。
長谷っち節、炸裂であった。
でも、ちょっと、気が楽になったかな・・・。自分らしい、その通り。
「かっこいいと思いますよ」
と学芸員の資格を持つマネージャーのMMが言った。
「あたってくだけろですね。めっちゃ、刺激的なポスターですよね、デカダン!」
と長谷っちが、何食わぬ感じで、言った。
岡っちは、もくもくと、封筒にチラシを詰めていた。はー、重い。
さて、明日から、パリ市内中心部のカフェのドアなどにこのポスターが貼られるのだという。朝から、コーヒー飲んでいる人たちの目に、いったい、どう、映るのだろう。
ぼくが描いた作品が、フランスの人たちに、どのように届くのか、ある意味、楽しみすぎるー。あはは。
力まず、ま、なるようにしかならないので、楽しんで、個展期間を楽しみたい、と思うのであーる・ぬーぼ~。

滞仏日記「日本人が、パリで初個展を開催することの大変さについて」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
なんか、今年は、いろいろと、緊張の連続がつづきますね。この日記で、いろいろな出来事をいちいち、ご報告していきますが、辛く悲しい結果が出た場合は、バックレますから、その辺、ご理解ください。えいえいおー。
さて、10月4日、14時から、マレ地区の「ヴァン・トリニー」という画廊で、いよいよ、個展がスタートします。その翌日、日本時間の22時から、ラジオ・ツジビルで、どんな心境か、うまくいっているのか、ダメなのか、ご報告しまーす。

滞仏日記「日本人が、パリで初個展を開催することの大変さについて」

TSUJI VILLE
自分流×帝京大学