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仏飯日記「第三の女、あらわる」 Posted on 2024/09/19 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、第三の女が出現した。
今日は、午後から、100平米ほどある父ちゃんの事務所の壁に、スタッフ一同で、ずらりと油絵を並べ、ちょっとした画廊のような感じにしたのだ。
というのも、10月4日からはじまる父ちゃんのパリ個展の画廊主や、キュレーターをつとめる国立フランス科学センターのメトラル氏がやってきて、アペロ・ディナトワール(軽く飲んだりつまんだりしながら)、形式の会議、ま、親睦会やね、をやることになっていたからであーる・ぬーぼー。
岡っちは夕刻帰り、長谷っちと携帯紛失マネージャーMMが、通訳を兼ねて、残って、場を盛り上げることになった。
MMがキュレーターなので、配置などは、彼女に任せ、ぼくは、キッチンでいつもの「巻き寿司」「唐揚げ」「卵焼き」「適当カナッペ」などを、こしらえた。
こういう和食系のつまみが、フランス人には受けるので、だいたい、いつも同じものになる。それに父ちゃん、今、右腕の炎症がひどくて、あまり凄い料理はできない。
ま、無難なつまみ、にした。
でも、細巻きは、一種類が、ツナ&胡瓜、もう一方が、紫蘇&エビなのである。
スペシャルソースをかましている。これがフランス人には受ける! ははは、日本のマヨネーズベースなんだけれどね・・・。
さて、ここに、予期せぬ人物が登場した。第三の女が出現したのだ。
このよきせぬ人物は画廊主のトマさんが連れてきたアイーダさんというマダムなのだが、フランスの大手企業で美術部門の統括のような仕事をされている。
フランスの大企業などにある、美術財団で仕事をされてきた方なのだった。
50代半ばであろうか、きりっとした目鼻立ちのパリジェンヌで、いかにも、出来る女といういで立ちなのだ。
事務所に入って来た時から、オーラが、違った。
父ちゃん、自己紹介をして、握手をしたが、鋭い視線をぶつけられた。ううう、出来るな、おぬし・・・。
正直、この瞬間、すでに、たじたじな父ちゃんだった。
で、問題は、父ちゃんの仏語力である。通訳をやっていた長谷っちや、フランス家庭に嫁いでお子さんもフランス人のMMみたいな流暢な仏語は無理。
カフェでは通じる程度の仏語なので、専門的な会話になると、もう、わかってないのに、わかっているような顔をしないといけないので、頬の筋肉が、こる。
腱鞘炎で腕がいたいのに、頬の筋肉まで、つってしまうのだった。
ぴーんち!

仏飯日記「第三の女、あらわる」

※ とにかく、この人と決めて、なつこうとする、三四郎。目当ては、おこぼれ・・・。

仏飯日記「第三の女、あらわる」

※ トマさんは、街の哲学者、アドリアン、似!!! 下は、いつもかっこい、メトラルさん。

仏飯日記「第三の女、あらわる」



そして、間違いなくできる女、アイーダさんは、戦争と平和を描いた作品の前で立ち止まり、しばらく、その絵をじっと眺めていた。
ぴくりとも動かない。
やば、何を思っているのだろう・・・、気になる~。
ぼくは、アイーダの横に立ち、一緒に絵を見つめた。ふー、緊張する。
出来る女が、その絵をながめながら、まもなく、ぼそぼそと、何か感想を口にしはじめたのだった。
フランス人って、飲んでいても、だいたい、ぼそぼそと語る。
ぼそぼそ、それが仏人を醸し出す。
野本みたいに、大声を出して意味のわからないことを言う人はまず、少ない。
しかも、あの、フランス語というのは、聞き取りにくく、しかも、リエゾンとかなんか、面倒くさい法則があって、目で読めばわかるのに、ぼそぼそ語られると、なんだかわからない単語に変態するから、ややこしや・・・。
でも、出来る女を横に、一緒に絵を眺めながら、「フランス語、わかりませーん」とは言えないじゃないか! 23年もパリで生きているのに!
おーまいがっ。
なので、ここからが大変なのだけれど、わかったふり、をした。
えへへ。
一応、長谷っちとMMがアシストをする予定で、そこにいたのだけれど、長谷っちはトマさんとしゃべり込み、MMはメトラル氏と話し込んでいて、ぼくは、手薄、であった。
アイーダさんが、質問をしてきたので、父ちゃんは、ちょっと、肩をすくめてみせ、それから、ここが大事だが、相手の顔色をうかがい、笑顔だったら、笑顔で、険しい顔だと険しい表情になり、相槌を打つ!
かなり、高度な対応をやってみせたのである。
ぼくのつたない仏語で、戦争と平和、この世界の二項対立の構図を説明し、観る人によって、この作品が、違った意味に変化すること、違ったメッセージを与えること、などを、説明した。
で、だいたい、ぼくの片言の仏語を聞いて、みんなぼくが話せないことを理解はしてくれるのだが、ぼくは小説家だからか、言葉数の少ない男と思われ、逆に、わざわいして、この人は、少ない言葉で世界を語れる人と、勘違いされてしまい、アイーダは目を見開いて、
「なるほど、深いですね」
と言い出す、始末なのであーる・でこー。
もう、その時の父ちゃんの顔は、「ミスター・ビーン」のローワン・アトキンソンさんみたいに、鼻の穴を広げて、目を見開き、眉毛を動かして、アイコンタクトのみでごまかしているのだから、やれやれー、疲れるわ。

仏飯日記「第三の女、あらわる」

仏飯日記「第三の女、あらわる」

仏飯日記「第三の女、あらわる」



しかも、18時に始まったこのアペロの会、たいした料理もないのに、23時まで5時間も、5時間も続くことに!!!
一つ一つの絵をぼくはアイーダに説明しないとならないのだった。
けれども、この第三の女が、すごい方々とつながっていて、父ちゃんの作品を、フランスの芸術界に紹介したい、ともうし出てくださったのであーる。
メトラル氏も、国立の芸術機関の教授だから心強かったが、彼は美術史家で、専門が、ミケランジェロだったりする。(今日、彼の新刊が出たので、サインが入ったミケランジェロの本を頂きました!!!)
アイーダはモダンアートが専門で、まさに、どんぴしゃ!
「あなたの作品を気に入りました。出来る限りのことをさせてください。まずは、重要な方々を個展にお招きし、この作品を観てもらいましょう」
みたいな・・・。
おおお、そこらへんの意味に間違いがあってはならないので、MMがすかさず、割り込んできて、連絡先の交換とか、資料を彼女に渡していたが、ぼくは、疲れたので、キッチンに逃げ、そこで、水を飲んで、がんばれ、ひとなり、と自分にエールをおくっていたのだった。
あはは。
これはもう、第三の女に、期待しましょうかね。

つづく。

仏飯日記「第三の女、あらわる」

※ メトラルさんの新刊!!!

仏飯日記「第三の女、あらわる」

※ なんと、サイン入り!!! ミケランジェロの世界のようにあなたの世界は広い、みたいなことが書かれているようだが、父ちゃんには、読めない、あはは。相変わらず、能天気な父ちゃんなのでした。野本と会話している方が、気楽。えへへ。

仏飯日記「第三の女、あらわる」



今日も読んでくれてありがとうございます。
いやー、今夜のアペロ・会議、大成功でした。途中から、ぼくを抜かして、5人が綿密な打ち合わせをはじめたので、ぼくは三四郎の相手をして、大物のふりをして、ソファにふんぞりかえって、ごまかしておりました。でも、きっと、フランスでの第一歩、船出? 滑り出し? うまくいくような、予感につつまれた会となりましたかね。いろいろなことが今日、決まり、大前進なのでした。まずは、ぼくの作品を、この方々が気に入ってくれたことが大きかったです。絵の世界って、説明がいらないので、素晴らしいですね。自分を信じて、個展初日を迎えたいと思います。えいえいおー。

父ちゃんの個展は、10月4日、14時から、パリ、マレ地区でスタートします。

仏飯日記「第三の女、あらわる」

そして、父ちゃんの次のラジオ、生放送は、9月22日、日本時間22時からになりますよ。詳しくは、そこで、お話しますね。下のTSUJIVILLEのバナーをクリック!

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