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退屈日記「ロックダウンに向かう世界、その不安と希望のあいだ」 Posted on 2020/05/06 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、二か月に及ぶロックダウンがもうすぐ終わるという空気がここ数日、街中に漲っている。近所の郵便局が再開したというので郵便を出すため外出をした。すると行きつけのカフェやバーのあの懐かしい店主たちが店の扉をあけて、掃除や準備をはじめていた。みんなぼくを見つけると、
「ツジー、生きてたのかー。よかったぁ」
と手を振ってくれた。ジャンフランソワに、リコに、ロマンに、ユセフ…。まさにぼくの街のオールスター勢ぞろいという感じで、超嬉しかった。ちらっと店の中を覗くと、床の張替えや、テーブルの配置換えをスタッフ総出でやっていた。懐かしい店員さんが笑顔をぼくに向けてくれた。その喜びの反面、あの楽しかった日々が本当にこのままに戻ってくるのだろうか、という不安もあった。

退屈日記「ロックダウンに向かう世界、その不安と希望のあいだ」



マクロン大統領は昨日、「子供たちをこれ以上家の中に閉じ込めてはならない。彼らがトラウマになる前に、早く学校に戻さないとならない、我々は子供たちを学校に戻す」と小学校の視察の場から、テレビ越しに国民に向かって力強く語った。ぼくも自分の息子の様子を日々観察していたので、そろそろ限界かな、と思っていた。命を守るためにフランスは全土でのロックダウンをやった。雇用者への補償なども速やかに提示した。そして二度の延期のあと、今度は経済と日常を取りもどすためにロックダウン解除を断行する。命から、経済へとシフトするのだ。それはロックダウンで一定の成果が出ているからこそ出来ることであろう。5月11日、段階的な解除が始まり、フランスは日常回復作戦のリハビリがはじまるというシナリオである。それを受けて、街の中の空気がじわっと変化している。人々が社会復帰する気力を取り戻しつつあるのだ。ロックダウン前にはバーマンをやめたがっていたロマンが、さわやかな顔でぼくに手を振った。
「あれ、やめるんじゃなかったの?」
とぼくが訊くと笑顔で、
「春が来るんだ。ぼくは気力に溢れている。美味しいカクテルを作るから、また来て!」
と叫んだ。
みんな笑顔だった。けれども、そう簡単に元通りの社会には戻れないかもしれない。仮に一気に元通りに戻ったら、抑え込んだ新型コロナが再び拡大する可能性が十分にある。そこでフランス政府は7月24日まで緊急事態状態は維持する、と新たな鞭をふるった。解除はするけど、緊急事態に変わらないという飴と鞭の作戦である。徐々に解除していこう、と国民に訴えた。

退屈日記「ロックダウンに向かう世界、その不安と希望のあいだ」



具体的に言うと、メトロには乗ってもいいけど、マスクの着用を義務付けた。これに違反すると135ユーロの罰金が取られる。外出制限は解除し、証明書は携帯しないでもよくなったけれど、百キロ以上の移動は認めない、など、様々な制限や規制が新たに設けられた中での実験的解除がスタートすることになった。それでも人々は日常が戻ってくることを喜んでいる。しかし、店は開けられてもきっと客席の間引きなど厳しい行政指導がはじまるはずで、補償がなくなって、どこまでの利益をあげられるのか、冷え切った客の心理がどこまで開放的になるのか、難しい綱渡りが続くことになるだろう。ここで、音を上げる経営者も出てくるかもしれない。政府はこれ以上の補償は出来ないだろうし、経済と感染防止のはざまの対応が迫られる。明るい兆しに走り出したフランスだけれど、見えない難問は山積している。ぼくは16歳の息子がいつから学校に戻れるのか、新しい情報を待っているところだ。

自分流×帝京大学