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滞仏日記「あまりに肩が痛くて中華街の鍼灸院に行ったら、すごい先生だった!」 Posted on 2024/09/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、中華街にある鍼灸院に行ってきた。
肩甲骨のちょうど真裏に電流のような痛みが走った。
それが、数日前から、右腕にまで広がり、もう、どうすることもできないくらいに痛くてのたうちまわっているのだ。
じっとしていられない。
絵筆を持つだけで、痛みが走るから、描きたいのに絵に集中ができない。ギターだって、持てやしない。
なので、フライパンも、無理。
三四郎なんか、もってのほか!
何も持ちあげることが出来なくなったのであーる・ぱちーの。
日本から持ってきたロキソニンや、耳鼻咽喉科でもらったコデインを飲んでも、痛みが消えることがなかった。
気管支炎との関係はわからないけれど、引退公演で相当なエネルギーを出し切ったことで、体内で激しい炎症が起きているのに、違いない。
とにかく、目の周辺がもわっとして、でも、肩から腕にかけて激痛が常駐し、息苦しいといったらないのだ。
弟子の長谷川さんが調べてくださり、中華街に有名な鍼灸師がいることを突き詰めてくれた。
「どこ、痛い?」
上海人の先生は日本語をちょっとしゃべった。
ぼくは痛みのある場所を指さして、ここ、ここ、痛い、と訴えた。
「わかった。上を脱いで、そこ、座って」
先生に言われた通りにした。
痛すぎて、もうろうとしている。
燃え尽きたのだろう、ぼくの肉体は・・・。
先生が針をどんどん、打った。ポンポン、と音がする。
「もう少しね、ここも、痛い?」
「痛い」
ばんばん、打つ。
一度、うつぶせになったが、耐えられないくらいの痛みが駆け抜けたので、ダメです、痛すぎる、と訴えると、うつぶせダメね、座って、と先生が言った。何をしても痛いのだ。
どうなっちゃったのだろう・・・。明日、エッセイ教室なのに!
「座って、ここに」
「はい」
溺れる者は藁をもつかむ、である。

滞仏日記「あまりに肩が痛くて中華街の鍼灸院に行ったら、すごい先生だった!」

※ 地下鉄で行ってきました。回数券、使い切っちゃいました!!!

滞仏日記「あまりに肩が痛くて中華街の鍼灸院に行ったら、すごい先生だった!」



「何をして、こんなに痛いのか」
「同じ角度で、10時間くらいノンストップで絵を描いているです。そしたら、今朝、筆を持った瞬間、痛みが走って、筆を落としてしまいました」
「10時間、ダメね。何事も、ほどほどにしなさい。筋が壊れるよ。どこ、痛い? ここ?」
「うわああ、そこ~」
「痛い? 痛くない?」
「痛いィー」
「針、もう一本、打つね」
ポンポン! 
先生は、かなり力のある方だというのがわかる。
もちろん、痛みがそれで消えるわけじゃないこともわかっているが、きっと、少しは楽になるような気がした。ぽんぽん! 
「あなたね、のんびり生きなさい」 
「はい」
「急がない、からだ、大事」
「はい」
「針、もう一本、打っとくね。ここ、痛い?」
「痛いィ~」
「痛いねー、痛い痛い。ぽんぽん」
ということで、そのあと、吸盤(吸い玉、カッピング)をやり、お灸もやった。
へろへろになった、父ちゃん。
お金(35ユーロ。安い)を払って、鍼灸院をあとにした。
心なしか、痛みは和らいだ。※これを書いている今、針をやる前よりは痛みがとれている。
「針、もう一本、打っとくね」
あの先生の声、が脳裏から離れない。サービスみたいな感じなのかなー、笑。
もう一本、それが効いている気がする。
ぼく以外はみんなフランス人の患者さんたちであった。

滞仏日記「あまりに肩が痛くて中華街の鍼灸院に行ったら、すごい先生だった!」



事務所兼自宅に戻ると、三四郎が郵便物をくわえて待っていた。
ワイン屋のトマのお父さん、ジェラールからの長い手紙とトルストイの「雪の嵐(吹雪)」の文庫本であった。
トマの奥さんが亡くなり、そのお墓参りに行った時に、ぼくらを出迎えてくれたジェラールは、文学が大好きな人生の先輩で、だから、ぼくはお礼に自分の本(拙著、「白仏」と画集「見えないものたち))をおくったのだった。
すると、達筆なペン字で書かれたレターが三枚も送られてきたのだった。トルストイの「雪の嵐」と一緒に・・・。
それは、ぼくの本を読んだ長い長い手書きの感想だった。
肩が痛かったが、廊下で、それを立ち読みし、感動をした。つまり、ジェラールはぼくが白仏の中に記した世界観を油絵に託していることを見抜いていたのだ。
「あなたの作品には小説から絵の世界まで一貫した円環がある」
こういうことを日本で言われたことがなかったので、びっくりした。まさに、ぼくの絵画は、ぼくの文学と一体なのである。
70歳を越えた文学好きなこのフランス人が見抜いたことが、驚きとともに、ぼくにある種の達成感を届けてきたのである。
彼は画集のいくつかの絵を名指しし、この絵と小説の主題との関連について、レターの中で、饒舌に語っていた。
思わず、廊下で、長い溜息をもらしてしまった。
世界には、いる、こういう人がいるんだ。真面目に、創作を続けていこう。
その時、一瞬、ぼくの痛みは消え去っていた。

滞仏日記「あまりに肩が痛くて中華街の鍼灸院に行ったら、すごい先生だった!」

滞仏日記「あまりに肩が痛くて中華街の鍼灸院に行ったら、すごい先生だった!」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
トルストイの本については、「あなたはもう読んだかと思うけれど」と添えられていました。この邦題「吹雪」という作品は読んだことがなかったのですが、でも、ぼくに読ませたかったのでしょうね。ネットで内容を調べてみたら、吹雪で足止めをくった兵士のイマージュの話でした。実は、白仏の中で、主人公「みのる」がシベリアの吹雪の中で戦う場面があって、ジェラールはそのポイントをぼくに知らせたかったの違いありません。残念だけれど、ぼくの仏語力では、さすがに、小説を読むことはできないのですよ。あはは。

父ちゃんからのお知らせは、9月8日、エッセイ教室をやるよ、ということです。課題の提出は締め切りましたが、参加してもらえると、エッセイの書き方とか、参考になるかもしれません。笑。気まぐれ文章教室、今年、最後の授業です。

https://tunagate.com/community/xWZVvgZD/circle/92861/events/348688

さて、今度のラジオは、9月14日の日本時間22時からになります。父ちゃんのマシンガントーク、炸裂しますよー。和やかな時間をお過ごしください。
ラジオの申し込みは、こちらのツジビルバナーから、どうぞ!!! 毎年、イベントなどもやってます。
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TSUJI VILLE

滞仏日記「あまりに肩が痛くて中華街の鍼灸院に行ったら、すごい先生だった!」

※、ある時は小説家、ある時は画家、しかしして、その実態は、父ちゃんマン!!! あはは。
下のポスターですが、個展会期は、10月4日、14時から、12日の16時くらいまで、マレ地区の画廊で開催されます。毎日、14時から19時までオープンです。パリにお住まいの絵が好きな皆さん、フランス人のお友達と、どうぞ。笑。ジェラールも、来ればいいのにね・・・。

滞仏日記「あまりに肩が痛くて中華街の鍼灸院に行ったら、すごい先生だった!」

自分流×帝京大学