JINSEI STORIES
リサイクル日記「不安な時にやってみてください。ちょっと楽になる方法(最新版)」 Posted on 2022/08/03 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、生きていると次から次に不安というものが押し寄せてくるが、このところの日本は何もしていないでも不安になる出来事ばかりだ。いや、日本だけじゃない、世界中がいま、この不安のど真ん中にいる。このように今世界は、地球規模の不安に覆われているのだ、とまずは不安の在り処を特定することが大事かもしれない。そして、自分を不安から守れるものは自分しかないのだ、と自分に言い聞かせるといい。実は、若い頃、ぼくはとっても不安になりやすい性質だったので、自分が不安になる時には、まず、大丈夫だ、と自分に向け小さく呟くことをやっていた。
「大丈夫」
と小さく声にしてみる。本当に小さな声でいい。自分だけに聞こえればいい。
「大丈夫」
他には何も言わないでいい。その声を自分の中心はちゃんと聞いているはずだ。
そして、次にすることがある。だいたい、不安な時というのは呼吸が浅くなっているものだから、ぼくは自分の呼吸を整えるために、まず、ゆっくりと鼻から空気を吸い込み、そして、次に今度は口を軽く開いて、ゆっくりと吐き出すようにしている。これを少しのあいだ、繰り返すだけでも、不安は取り除かれる。落ち着いてきたら、もう一度、
「大丈夫」
と小さな小さな声で囁いてみたらいい。
そこが災害地の避難所であろうと、誰もいない独りぼっちの部屋であろうと、どこでもできることだ。少しのあいだ、雑念から離れ、目を閉じ、浅かった呼吸を戻していく。そうすると、心は落ち着いてくる。鼻からゆっくりと空気を吸い込み、それを口から静かに吐き出すだけでいい。不安というものは一つのイメージだと考えてみよう。例えば、心のどこかに不安があると認めてしまい、今度はそれを溶かしていくイメージを持ってみてほしい。自分の中から不安の塊が崩れて消え去っていくイメージ…。
「大丈夫」
とそこで唱えてみる。そして、呼吸を整える、この繰り返し。ほら、少し楽になったのじゃないだろうか?
ぼくは不安な時に、というのか、何か落ちつかない時によくやることがある。右手を握って、胸の中心に置き、スリスリ優しくこするのである。そこには自律神経が集中しているので、ほぐれて楽になる。小さい頃に母に教えられた。「ヒトナリ、辛か時にやってみんね、楽になるったい」と。指先で、トントン、とすることもあるけど、トントン、は赤ちゃんの時にしてもらっていたようだ。お子さんにしてあげる時には、トントン、がいいかもしれない。自分にする時には、スリスリ、が効く。胸の中心に自律神経の森が広がっていることをイメージして、その森の木を揺さぶるような感じで、ゆっくりと深呼吸をしながらやってみたらいい。お薬のように一日三回のような決まり事はない。何度やっても構わない。もっとすごい方法がある。それは手を開いて、パーの状態で、胸を包み込むように、ヨシヨシと宥めるようにスリスリをやると、さらに広範囲で楽になる。ぜひ、試してもらいたい。
思い返してみてもらいたい。こうやって、今日まで、今まで生きてくることが出来た。何度も大変な時や辛い時があったのに、人生なんとかなってきたし、なんとかなるものなのだ、と思うことも大事だ。今回もまた大丈夫だ、と思う。根拠のない安心感というものがきっと自分をまもってくれる。ぼくはそうしているし、そう信じている。だって、ほら、あんなに死にそうだったのに、結局、乗り越えてこれているじゃないか、今回も大丈夫だ、絶対大丈夫、と自分に言い聞かせるのだ。
「大丈夫」
そう、出来るだけ小さな声で言ってみる。そして、胸の中心に手をおいて、スリスリ、ヨシヨシをやってみる。手のひらで胸の中心をさすりながら、呼吸を整えるとなお効果的だ。最後に、自分を落ちつかせることが出来たら、口元に微笑みを浮かべてみるといい。
「落ち着きました」
過去形で、落ち着きました、と言うといい。これも今までと同じように出来る限り小さな声で囁くのがいい。
「落ち着きました」
全ては過去になる。ぼくの中心はちゃんと自分の声を聞いている。すべてが過去になったのだな、と思うのだ。
「大丈夫」
不安な時に、ぜひ、試してみてほしい。