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退屈日記「ロックダウン中の水漏れ、電気や給湯器が停止のカタストロフ」 Posted on 2020/05/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、世の中がこんなに大変だというのに、ぼくら辻家に起こったどうでもいい出来事をここに書くのは躊躇われるが、まあ、日記だし、ここにも人の優しさがあったので、ちょっとだけ書かせてもらう。
実はぼくら父子が暮らすアパルトマンは去年の春に大きな水漏れがあった。すぐに配管工が来て問題の配管の応急処置をしたのだけど、壁が乾くまで塗装や工事は出来ず、今日までずれ込んでいる。どうやら、その水漏れは終了していなく、息子の部屋の周辺の湿度はまだ高い。



去年の暮れ、今度は食堂の上から水漏れがあり、これも、まだその時のままの状態だが、それとは別に、先週からうちの風呂場で小さな水漏れがはじまり、このせいで風呂場の電気がショートしてついに風呂場、洗面所の電気が点かなくなった。そこの上の屋根裏部屋には学生さんが一人暮らしをしており、ロックダウンの直前に実家のあるストラスブールへ帰省している。こういう水漏れは普通管理会社が動かないとならない。だけど、今はロックダウン最中、だし、もともとパリの建物管理会社の人はみんなちょっと冷たい。ともかく、子供がいるのに感電でもしたら、誰が責任とってくれますか、と強い口調で抗議のメールを一応送っておいた。子供という言葉にフランス人は弱いのだ。でも、緊急事態なので、水道を止めないと大変なことになる。そこで、ちょっと親しくしていた不動産屋の担当者の個人携帯に電話をしたが「ロックダウン中だから、そこへはいけない」と言われた。もしかしたら、感染の疑いがあるのかもしれないし、無理に来てもらうのはこっちも困る。その代わり不動産屋が上の階の子の実家に電話をかけて状況を説明してくれた。その子のお母さんがとってもいい人ですぐに電話がかかってきた。「じゃあ、鍵を持って行くわ」とお母さんが力強く言った。ぼくは驚いた。都市間の移動が禁じられているロックダウンの最中に、何百キロも離れた場所から、鍵を届けにくる?「いや、こんな時にストラスブールから来ちゃダメです」とぼくはお断りした。お母さんからの提案で鍵は宅急便で送られることになった。その間に管理会社がこの建物専属の配管工さんに連絡をとり、月曜日にランデブーをとってくれていた。

二日後、鍵が届いたので、息子に付き添ってもらい、屋根裏部屋に入り、水道の元栓を閉めた。見回す限り、床が濡れたり、水漏れの兆候はない。息子と二人で水漏れをしている位置をメジャーで計測したところ、その隣の学生カップルが暮らしているアパルトマンから漏れている可能性が出てきた。ところがこのカップルも実家の南仏に帰省(退避)している。保険会社に電話をすると、これは緊急事態にあたるので、大家に頼んで部屋に入り、水道を閉めるしかない、と指示された。しかし、大家の番号は知らない。契約書を探すと上のカップルの電話番号が出てきたので、とりあえず電話をしてみた。これまでの経緯を息子に説明させると、やはり「今からパリに戻る」というので、そこまでする必要はないと伝えた。UPSだと二日で着くことがわかり、とりあえず、月曜日の配管工のチェック前までには鍵が届く段取りがついた。

ところが、ここからさらなる問題へと発展してしまう。朝、起きたら今度は給湯器が動いてない。調べると、ブレーカーが落ちている。すぐに復活作業を試みたが、最新式の給湯器にブロックがかかり、何をやっても動かなくなった。風呂場とキッチンの電源が落ちた原因が水漏れのせいだとするとさすがにこれは危険である。しかし、週末なので、やはり管理会社が対応してくれるとは思えない。「でも、パパ、諦めないで。前に、電気屋さんが名刺を置いていったよね。あれを探そう。彼は優しそうな人だったから、もしかしたら、遠隔でいろいろとアドバイスしてくれるかもしれない」息子の助言に背中をおされ、ぼくらは手分けして名刺を探した。電気屋も配管工もここの大家に雇われている。ところが、一昨日の日記で書いた通り、ぼくは大変なことをしでかしていた。普段しないくせに、半年ぶりくらいで部屋の大掃除をしてしまっていたのだ。ついでに、たくさんのゴミを捨てている。その中に名刺が紛れ込んでいたとしたら…。オーマイガ。



落ち込むぼくをよそに、息子は果敢に探し続けた。さらに30分後、名刺は奇跡的に家具の隙間から出てきたのだ。「パパ、これじゃない?」息子が微笑みながら青い名刺をぼくの目の前に差し出した。人生というものは、なんとかこうやって、首の皮一枚で繋がっていくものである。息子がぼくに代わって電気屋に電話をした。息子はこれまでの経緯を彼に説明した。とりあえず、電気屋の指示のもと、電源の復旧を試みることになった。しかし、うまくいかない。すると電気屋のムッシュは「水漏れが原因ならぼくが行っても役立たないかもしれないけど、でも、何もしないよりはいいだろう。こういう時期だし、行くよ。その方がいい。20分くらいで行けるから待っていて」と申し出てくれたのだ。驚いた。なんて優しい人であろう、ロックダウンの土曜日なのに…。このような状態の中で、まるで神様に出会ったような、喜びとなった。それでも、ウイルス対策はキチンとやった。彼が入る場所の窓はあけ、他の部屋は全てドアを閉め、マスクや手袋をした。もちろん、ムッシュもマスクと手袋をしていた。電気屋さんはいろいろと手を尽くしてくれたが、まず、水漏れを何とかすることが先決だ、カギを持っているはずだ、と言い出し、大家と直接交渉をしはじめた。入居人が大家に直節文句を言わないようにするために管理会社や不動産屋がある。しかし、今は緊急事態。電気屋さんは懇意にしている大家に直接電話をかけてくれたのだ。すると、すぐに大家がやって来た。三人で、上の階のカップルの部屋を調べたが、水漏れはなかった。とりあえず、水の元栓を閉めた。電気屋のムッシュが言った。「壁の中の配管に問題があるということだね」「そういうことですね」と大家が同意した。

今日のところは、ここまで、ということになった。月曜日に配管工が調査をするということになった。つまり、給湯器が使えず、風呂の電気は点かないのだけど、耐えるしかないという結論である。電気屋さんは「しかし、感電することはないよ。そういう装置がついているから、安心してね」と太鼓判を押してくれたし、大家さんは「これからは迅速に対処する」と約束してくれた。二人が帰ったあと、神経質なぼくは彼らが動いた数メートルの動線を徹底的に消毒することになった。新型コロナも怖いけれど、お風呂に入れないのはもっと嫌だ。生きるということは毎日が綱渡りの連続なのである。

追記、今朝起きたら、水漏れは止まっていた。元栓を止めたことが功を奏した。朝、電気屋さんから電話がかかってきて、友だちの給湯器の専門家を明日派遣するから、もう一日、辛抱してね、と言われた。お金も心配しないで、大家に払わせるから、と。なんていい人なのであろう。渡る世間は鬼ばかりではない。 

退屈日記「ロックダウン中の水漏れ、電気や給湯器が停止のカタストロフ」

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