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滞仏日記「ボランティアを続けるシェフのもとに看護師長からのお礼の手紙」 Posted on 2020/05/03 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、パリ6区の日本レストランのオーナシェフ、さくらさんがパリ市内の複数の病院にボランティアでお弁当を届けていることを紹介させて頂いたが、今日、さくらさんから「多くの日本の方から、知らない人からも、励ましを頂いて、日本の皆さんにお礼を言いたいのです」というメールを頂いた。ボランティアをやっているさくらさんを誰かが励ましたことで彼女は勇気を受け取っている。その勇気がさらに多くの人を励ましているのである。そして、頂いたメールの最後に、お弁当を届けている一つの病院の看護師長からのメッセージが添えられてあった。とっても目頭が熱くなる文面なので、ぜひ、皆さんにも読んで頂きたい。

『さくらへ。
こんにちは。今週うちの病院で起こったことをお伝えさせてください。
私たちのセクションは「脱コロナ」へとようやく舵を切ることが出来そうです。
受入れ患者数を30名から15名へと減らすことが出来たのです。
これはとても良いニュースで、このことによって、緊急手術が必要な患者さんたちを個室に受け入れることの出来る体制が整いました。
私たちコロナチームは、みんな、本当にとても疲れ切っています。自分たちが感染しないように、と常に気を配り続け、1日中マスクをつけて働いてきました。コロナセクションでの仕事をするということは、精神的にも大きな負担を常に抱えていなければなりません。
幸いにもあなたがいてくれて、私達のサポートをしてくれました。
私の呼びかけに応え、私達のチームを支えてくれたことに心から感謝しています。
私はコロナチームのリーダーとしてこの状況下で看護師や医師たちの管理をしながら、同時に、沢山のことをやらなくてはならかったのですが、あなたの出現により負担が減り、助けられました。
私たちは皆、あなたの作る繊細な料理に感激しています。
毎回、食事を受け取るたびに、まるでハグを受けているような気がしています。
どうやってお礼をしたらいいのかしら?
私たちは日々、変わっていくこの状況を受け止めながら、少しずつ、一歩一歩、前進することができています。
いつの日か、あなたに会って、あなたが私たちにしてくれた事のお礼をできることを願ってやみません。
心からありがとう。ナタリー』



この文面からすると、ナタリーさんはまださくらさんに会ったことがないのだろう。会ったこともない人が会ったこともない人をこうやって応援することが出来るのだ、と教えられた。それを言えば、その看護師さんたちは会ったこともないさくらさんが作った無償の愛を毎日食べて英気を養い、集中治療室で苦しむ今まで会ったこともなかった患者さんたちの世話をしているということになる。新型コロナは人と人の接触を遠ざけ、この世界を分断させる悪魔のようなウイルスだけど、人間は決して負けてないという希望が伝わってくる。

さくらさんとは渡仏したばかりの、もう19年前からの顔見知りで、もちろん、優しい人だということは知っていたけど、ここまで誰かのためにボランティアをする人だとは想像したことがなかった。悪い意味じゃなく、料理人としてのプライドの強い、負けず嫌いな料理人の中の料理人で、プロ意識の強い人という印象を持っていた。(ごめんなさい)。でも、このような異常事態の中にいると、プロも何も関係がなく、居ても立っても居られなくなったのであろう。ぼくはさくらさんの行動に励まされた。弱気になりそうな毎日だったが、こうやって人間は人間を支えあって生きていくことが出来るのだ、ということを改めて教えて貰えたからである。

実は、あちこちで、ロックダウンの成果が出始めている。ナタリーさんが言った病床の確保が出来始めたことは、医療従事者に大きな余裕を届けることへと繋がっている。集中治療室に入っていた患者数は一時7000人ほどに膨れ上がったが、今は3500人程度まで減じた。医療従事者に余裕が生まれれば、助かる人が増えるということで、それは何よりの良い兆しじゃないだろうか。ナタリーさんとさくらさんがきっと笑顔で会える日が来る。それはそう遠い日ではない。



滞仏日記「ボランティアを続けるシェフのもとに看護師長からのお礼の手紙」

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