JINSEI STORIES

滞仏日記「弱った心を守り、心の光りを取り戻すために」  Posted on 2020/04/30   

某月某日、自分は大丈夫とずっと思っていたけれど、気が付かないところでやはり心的ストレスを受けていたのだ。世界から隔離された生活の中で、ぼくは毎日、世界中の情報を集めた。毎日、感染者数、死者数のデータとにらめっこし、新型コロナがどのような動きをしているのか、真実を自分なりに探ろうとした。しかし、情報を集めれば集めるほど、このウイルスの計り知れない恐ろしさを知るようになる。知らず知らず、見えない拳で、心を殴られていた。これはやばい、と思うようになり、ぼくは日本に向けて「家にいて」「これは恐ろしいウイルスだ」「このままじゃ、大変なことになる」と言い続けた。非難を受けることもあった。でも、日本の仲間たちの中から倒産をする経営者が出てきた。もしくは店を閉じる者、芝居や音楽活動をやめて違う仕事を始める者も出てきた。恐れていた世界が近づいて、ぼくはちょっと怖くなったのだ。頼れる人がいないので、「パパには何も出来ない」と息子にこの無力感を伝えたら「いいんだよ、それが普通だ」と返された。自分の子供にまさかここで救われるとは思っていなかったから、同時に、この気持ちが希望なのだ、と気が付いた。自分を落ち着かせるために、パソコンや携帯から離れ、窓辺でギターを弾いた。普段、歌うこともない、子供の頃に流行っていたポップスを選んで歌った。エルビス・プレスリーや、ビートルズや、レイ・チャールズや、ダニー・ハザウェイなんかを…。



新型コロナウイルスは感染力の強さや致死率の高さだけじゃなく、人と人を引き離す、世界を分断させる、差別や、この世界を精神的暴威で包み込む恐ろしい毒性を持っている。むしろそっちの方が怖い。もちろん、コロナに罹りたくないし、罹るのが怖いけれど、その見えない怖さのせいで、気づかないうちに膨大な数の人間が心的ストレスを抱えてしまった。つまり、今現在、負のエネルギーがこの地球を覆っている状態、包み込んでいる状態にあるのだ。インドやパキスタンや東欧やアラブ圏、欧州全域、北欧、アメリカ大陸、オーストラリアや、点在する島々まで、新型コロナが物凄い勢いで拡大をし、僅か、3、4か月で、この世界の価値観を変えてしまった。人間本来の輝きが、負のエネルギーに包み込まれてしまったのだ。多くの心がSOSを発している異常事態である。この毒性に負けないために、人間は心を守らないとならない、と思った。ぼくに出来ることは歌うことだった。かつて、ぼくらが感動をしたあの懐かしいメロディや歌詞が、人間の心を保護する力があることに今更ながら気が付いたのである。だから、今日、ぼくは一日中、歌い続けた。それは心に酸素を送る行為でもあった。自分を安心させる行動でもあった。歌うことで発散も出来た、歌うことで自分を取り戻すことができた。夕方、ぼくは携帯で自分の歌っている姿を撮影した。息子に励まされたように、これを誰かに届けたい、と思いながら歌った。息子がやってきて「いい曲だね」と言った。「なんだか、優しい気持ちになるね、やっぱり音楽は凄いな、今度、歌ってみるね、プレスリー」と彼は言い残して、自分の部屋へと戻って行った。



滞仏日記「弱った心を守り、心の光りを取り戻すために」 

自分流×帝京大学