JINSEI STORIES
滞仏日記「ロックダウン散髪術、辻家のツーブロック」 Posted on 2020/04/29 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「パパ、今日、クラスメイトたちとスカイプで14時半からカンフェランス(会議)があるんだ」と息子が言った。「いいじゃん、パパ、邪魔しないから、頑張れ」「そうじゃなくて、もう40日も部屋から出てないでしょ? この髪、見てよ」3月17日のフランス全土のロックダウンからすでに40日以上が過ぎていた。たしかにその間、ずっと髪の毛をカットしてないことに気がついた。でも、毎晩、ガールフレンドとはテレビ電話してるじゃん、と思ったけど、余計なこと言うと怒られるので、おとなしく、散髪してやることにした。
「一つ質問だけど、ガールフレンド君はそのボサボサ頭について何も言わないの?」
「言うよ」
「なんて?」
「髪切ったらって」
やっぱり、と思った。最近、ダイエットを始めたのも、もしかするとガールフレンド君に「痩せたら」と言われたからかもしれない。立派な男子に成長しているという証である。父ちゃんがこんなに新型コロナと闘っているというのに、子供は子供の世界で頑張っているのだ。ともかく、年ごろの男の子なので、余計なことは言わず、ぼくは散髪屋に徹することにした。まず、ゴミ袋をガムテープで接合し、四畳半くらいの散髪スペースを作る。これをやっとかないと、あとで掃除が死ぬほど大変になるのだ。散髪のプロが言うのだから、間違いない。新聞紙でもいい。
次に道具を揃える。バリカンがあればいいというものじゃない。そのほかに必要なものとしてハサミ(スキバサミと二種類)、ダッカール(髪留め)は死守したい。寝室にある等身大の鏡を持ってきて壁に立てかけ、その前に丸椅子を置いて、息子を座らせ、辻仁成美容室の準備完了である。
年ごろの子は、うるさい。カットをしくじると一生文句を言われるので、前もって、ファッション紙なんかで、髪型のイメージを話し合っておく必要がある。今回は、なんちゃってツーブロックに挑戦することになった。あはは。知らね~っと。
まずはダッカールで天辺の長い髪の毛をまとめて止める。それからバリカンで耳周り、襟足をバリ刈っちゃうのだ。最初は少し長めのアタッチメントをセットし、輪郭を掴む感じで、それから徐々にミリ数を狭くして、カットしてく方が無難。最初からガンガンカットしてしまうと取り返しがつかない。徐々にやることをお勧めする。耳周りが終わったら、ダッカールをとって、今度はスキバサミで頭の天辺の長い毛を調整していく。ここはセンスと愛情が重要となる。ある程度形が整ったら、波形が斜めになったアタッチメントで、角度を付けて、刈り込んでやる。最後にアタッチメントを外し、ツーブロック感を出すために、耳周りなどをとことんカットする。襟足などの、カットしそこねた、ちょろちょろっとした残り毛なんかもカットする。頭頂部が出来上がっているので、恐れる必要はない。失敗しても、すぐに生える。気にするな。気にしない。ま、でも、丁寧に、仕上げてあげよう、年ごろなのだから。最後は親の度胸で、バシッと決めてやるのがいい。多少、失敗しても、「かっこいいね、凄くよくなったんじゃない? またまた人気者になるね」と煽てることは忘れないよう。ほっとけば再生するのが髪の毛の素晴らしいところである。結局、結論としては、ツーブロックにはならなかった。はい、普通の人っぽい髪型にはなりました! いいんじゃない、清潔感、ばっちり。
「めっちゃいいんじゃない。トップモデル! よ、大統領」
適当な褒め言葉を並べておくことを忘れないように。失敗は成功の母じゃなく、父なのである。