JINSEI STORIES

滞仏日記「とあるカレー屋さんで、マダムに、あなた日本人でしょ、と訊かれた」 Posted on 2024/09/05 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、三四郎をお医者さんに連れて行った。
この夏、三四郎は中耳炎にかかり、ドッグトレーナーのジュリアが病院に連れて行った。まだ、耳のあたりを前脚でしつように掻くので、獣医先生のクリニックを予約し、今日、診せに行ってきた。
とにかく、人間じゃないので「じっとして」と言ってもきかない。アシスタントの人と二人がかりで、三四郎を抱きかかえ、先生が耳おくを検査。
やはり、奥の方で何かがくすぶっている、とのことだった。
そこで、明日から一週間、先生がやったように、三四郎の右耳の奥を掃除しないとならなくなった。怖~っ。
ちゃんと言うこと聞いてくれるかな?
おやつを、ちらつかせ、耳の掃除をさせてくれたら、ご褒美だすぞ、みたいなシチュエーションでやるしかないだろうか。あはは。
ということで、帰り道、お腹がすいたので、近くにあるインド・カレー屋に入った。(さんちゃんは、足元で、まだ、ぶつぶつ、不当に扱われたことで文句を言っている・・・)
はじめて入ったカレー屋さんで、最初、お客さんはいなかった。
何を食べたらいいか、よくわからなかったら、かなり雰囲気のいいインド人のお店の人に相談をした。
「日本人なら、この子羊のカレーが日本のカレーに似ているよ」と教えてくれたので、迷わず、それを注文した
まもなく、年配のマダムと小さなお子さんが入って来て、なぜか、たくさん席があるというのに、ぼくの横に腰を落ち着けたのだった。
カレーが運ばれてきた。
一口食べたら、ひっくり返りそうなくらい、美味しかった。ぎょ、やばい・・・。
思わず、おいしい、と漏らしてしまった。
「メルシー」
とインド人のお兄さん。
お腹すいていたので、がつがつ、食べてしまった。お兄さんは隣のおばあちゃんと小さな坊ちゃんの注文をメモしてから、奥に消えた。
すると、横にいた、マダムが、
「日本の方ですか?」
と上品な口調で、訊いてきた。

滞仏日記「とあるカレー屋さんで、マダムに、あなた日本人でしょ、と訊かれた」

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まず、日本語だったので、びっくりした。
そのマダム、日本人にはぜんぜん見えなかったし、お子さんはもう、普通の白人にしか見えない。
でも、よく見ると、その高齢のマダム、やや、アジア系の雰囲気がある。
でも、言われないと何人かわからない。
実は、パリには、そういう人がたくさんいる。
人種のるつぼだが、何代も前にフランスに移り住んでいるので、同化し、その、フランス人にしか見えないという外国人たち・・・。
フランス人も、実に幅広いからね。
「そうです、日本人です」
「やっぱり、さっき、おいしい、って日本語で言ったでしょ。だから、かなって、思ったのよ」
マダムは、その、女性の年齢はわからないけれど、ぼくの母親、恭子さんの世代に近いはず・・・。(ごめんなさい。でも、たぶん、この方、この日記は読まない)
「失礼ですが、日本の方ですか?」
訊き返した。
「昔は日本人でした。今はフランス人」
「ああ、なるほど」
学生の頃にフランスに留学し、こちらの人と恋に落ち、結婚・・・。でも、いろいろとあったので、今は息子夫婦と暮らしている、ということだった。
「この子は、ひ孫なんですよ」
「ひ孫!?」
やはり、年齢はたぶん、ぼくの母親と同じ、昭和の一桁台生まれじゃないか。岸恵子さんみたいな、素敵な人なのだ。確かに、岸さんみたいな日本人もいるしね・・・。
その時代に、留学って、どんなにすごいことだったか、想像をし、でも、ヘタなことは言えないから、黙っておいた。
もちろん、ぼくのことなど、知るわけもないので、ぼくも自分の素性は明かさなかった。
「かわいい、わんちゃんですねー」
「三四郎って言うんです」
「ま、姿三四郎みたい」
「いいえ、夏目漱石の三四郎から」
「ああ!」
微笑みあう、ぼくとマダム。子供はまだ幼くて、ひ孫だからね、つまらなそうにしている。
ひ孫君は100%、フランス人にしか見えない。金色の髪の毛。くりくり。
「長いこと、パリで生きられているんですね」
「ええ、もう、覚えてないのよ、昔のこと。あなはた住んでいるの? パリに?」
「ええ、もう、23年になります」
「あら、長い。でも私は、半世紀以上もここで生きてる」
そこから、話しが弾んでしまった。うちの母親よりもうんとしっかりしていて、活舌もいいし、言葉が詰まることもない。
記憶力もしっかりされていた。

滞仏日記「とあるカレー屋さんで、マダムに、あなた日本人でしょ、と訊かれた」

滞仏日記「とあるカレー屋さんで、マダムに、あなた日本人でしょ、と訊かれた」



最初のお子さんの一人は、インド人の人と結婚をしたのだそうだ。そのお子さん、つまりお孫さんは、ドイツ人と結婚をしたのだそうだ。もう一人は、スペイン人と結婚をしたのだという。
「この子のお母さんは、ドイツ人なのよ。この子には日本、フランス、インド、ドイツの血が混ざっているの」
「うわ、すごいですね」
頭がこんがらがる、父ちゃん。ええと、日本とフランスから、インド経て、ドイツ・・・。
「この子のお父さんだって、日本とフランスとインドの血が混ざっているし、もう、何がなんだか、わからないくらい、混ざっているわ。でも、私の両親は二人とも日本人だった」
ぼくは、その時、壮大な絵とか、小説のイメージが沸き上がったのだった。
ぼくの口許は緩んでいた。
「すごいです。面白い」
「ええ、予想だにしなかったのよ、こんな人生」

滞仏日記「とあるカレー屋さんで、マダムに、あなた日本人でしょ、と訊かれた」

滞仏日記「とあるカレー屋さんで、マダムに、あなた日本人でしょ、と訊かれた」



滞仏日記「とあるカレー屋さんで、マダムに、あなた日本人でしょ、と訊かれた」

つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
パリで生きていると、様々な人種や民族の人たちに会い、フランスの多様性に驚かされている父ちゃんです。それでも、フランスの文化というか、フランスらしさは守られています。もっとも、個人的には、日本はフランスみたいにならない方がいいんじゃないか、と思っています。これは、ちょっと難しい話しになるので、ちゃちゃっと書けません。一冊の本ができるほど、実に難しく、複雑な話しだからです。

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