JINSEI STORIES
滞仏日記「落ち込んだ父ちゃん、三四郎をおきざりにし、家出した」 Posted on 2024/09/04 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、生きていると、辛いこともあるし、いいこともある。
浮き沈みあるのが、人生というものであろう。
父ちゃんは、毎日、浮いたり、沈んだりしている。
昨日はパラリンピックの車いすラグビーに感動をして、呑みすぎてしまった。
そのせいでか、今日は、二日酔い、なんか、調子が悪い。
人間だからしょうがないが、うまくいかない日もある。
体重計にのったら、引退ライブのあとの暴飲暴食のせいで、4キロも太っていた。
ライブが終わったとたん、このざまだ。やれやれ。
でも、いいじゃん。太ったって、この年齢までこんなに頑張ってきたんだもの。
自分に厳しく生き続けてきたので、しばらくは自然に太ろう、と決めた。
みなさんに、嫌われない範囲で、普通のおじさんになってみよう、と思った、父ちゃん。
三四郎には申し訳ないが、お留守番をさせて、ぼくはオペラにラーメンを食べにでかけることにしたのだ。家出?
オペラ地区には、本格的なラーメン屋が犇めいている。
どこでもよかった。
なんか、元気そうなラーメン屋があったので、のれんをくぐって、カウンター席についた。作っている人は日本人ではない。(一人くらい日本の人がいたかもしれないが、ほとんどが、ラグビー選手のようなガタイのいいお兄さんたちだった!)
でも、美味しければ構わない。
「味噌ラーメン、煮卵のせて、あと餃子、ええと、キリンビールも!」
こりゃあ、太るな、と思いながら、食べた。
でも、美味しかった。駅前ラーメン屋みたいな庶民的な味がすごくよかった。
満席であった。
しかも、フランス人ばかりである。
みんなラーメンとか、牛丼とか、カツカレーを食べている。
あっという間に食べ終わったので、することがなくなり、賑やかな店の雰囲気を楽しんだ後、店を出た。
負のループに入りそうな気配がする。いかんいかん、気分を変えないと・・・。
それにしても、調子が出ない。
個展が近いので、絵の具を買いに、画材屋さんに立ち寄った。
探している絵の具は置いてなかった。
しばらく、絵の具の棚の前で、ぼんやりと佇んでいたが、これじゃ、ダメだ、と自分に言い聞かせて、店を出た。
パリには、いくつものパッサージュがある。
18世紀、19世紀頃に広まったショッピングアーケードで、屋根がガラス天井になっているのが特徴である。
画材屋はそのパッサージュの中ほどにあった。
右に行くか、左に行くか、悩んだ。
食事時だったので、弁当ボックスを買いもとめるサラリーマンたちで賑わっていた。
画廊があったり、家具屋があったり、あとは、流行りのビストロとか、イタリアン、タイ屋台、アジア系の弁当屋さんなどが犇めいていた。
パリに渡って、23年ほどの歳月が流れている。
今まで、数多くのCDを作り、ライブをやり、小説、エッセイ集、など数えきれないほど出版して、絵も描いて、映画も作って、そうだ、演劇もやって、過去の自分を振り返ったら、さすがにやりすぎだろ、と思って、苦笑してしまった。
すれ違う人と目が合った。ぼくは笑っていたが、その人は、哀れな人間を見る目で、ぼくを見ていた。あはは。
ま、いい。
そういう時もあるだろう。生きているのだから・・・。
よし、歩こう。
ぼくは、とりあえず、パッサージュを飛び出した。
思えば、ぼくには師匠がいなかった。
思えば、ぼくは一度も誰かのファンになったことがない。
それに、信仰もない。
だから、今日みたいに、やる気を喪失した時、何かに、救いを求めることが出来ない。
「だから、辻さん、どうやって、そういう時、再び頑張るように自分を仕向けるんですかね? いつも、そのことを聞きたかったんです。いろいろと精力的にやってらっしゃるから」
ぼくは、歩きながら、自分に、そう質問をしたのだった。
ぼくの横に、インタビュアーさんがいて、ぼくに幻のマイクを向けてきた・・・。
ぼくはポケットに手を突っ込み、歩きながら、首を傾げてみせるのだった。
「そうですね。たまに、やっぱり、エネルギーが枯渇することはあるんです」
「辻さんでも、あるんですね。それを聞いて安心しました。そういう時、どうやって、自分の気力をアップさせていくんですか?」
「いい質問だけど、どうですかね、それが、いつもわからない。SNSから一日離れてみることもあるし、オペラにラーメンを食べに行くこともあります。普段やらないことをやって、自分を違う場所に置いてみて、気分を変えたりするんです。とにかく、気分を変えることが大事です。架空の人物のインタビューを受けている想像でもいい。その人に褒められたら、くすっとほほ笑んで、こっそりと、自慢話をすればいい。人間って、たまに、誰かに褒められないといけませんよ。人に褒められるとやる気が出る。でも、なかなか、他人って、褒めてくれません。そういう時、架空のインタビューアーが必要になるんですよ。辻さん、すごいですね、おめでとうございます。まさに、人生の金メダルじゃないですか? ここから、夢ががんがん広がりそうですね? さァ、じゃあ、今のお気持ちをお聞かせください!」
ぼくは、肩をすくめて、爆笑した。
目の前にオペラ座が見えてきた。
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
ということで、4キロくらいならば、すぐに戻すことが出来ます。でも、5キロを超えると、なかなか、戻らないので、今日から、ちょっと気を付けた食生活に戻しましょうかね。あはは。現実がぼくの気分を戻してくれます。
はい、そんな不調な父ちゃんですが、5日の夜に、ラジオがありますからね、それまでには、元気になってないと。それに、8日にはエッセイ教室があるので、それまでに、痩せないといけません。いろいろと大変だ。笑。
はい、エッセイ教室は、こちらです。
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https://tunagate.com/community/xWZVvgZD/circle/92861/events/348688
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