JINSEI STORIES
滞仏日記「ま、日記なので、何もない日もあるさ。でも、そんな日が大切!!!」 Posted on 2024/08/21 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、三四郎の鼻がこすれ、血が出ていたのはなぜか、とドッグトレーナーのジュリアにメッセージをおくったら、短い動画が送られてきた。
それを見て、納得!
実は、同じ時期にジュリアの合宿所に預けられていた雌のシェパードが三四郎を好きになり、三四郎もまんざらじゃないようで、二人は毎日、ビズ、キス? ディープキスというべきか、を繰り返していたのだそうだ。
その動画なのである。
しかし、相手は、シェパードなので、二人はお互いのベロで、顔をなめ合っていたわけだが、次第にエスカレートし、シェパード嬢が三四郎の長い鼻先を自分の口の中にいれてしまうのである。
ペロペロから次第にディープなキスへと移行するのが、もう、ロマンポルノの映画のようで、やばかった。パクっと、口の中に鼻先を飲み込まれるミニチュアダックス!
それも、何度も!
ということで、シェパードの牙が、三四郎のかわいい鼻の先端の皮を引き裂いた、という事実が判明したのであーる・ぱちーの。あはは。
その動画、2,3分のものだが、その間、ずっとこの抱擁を繰り返して、最後は、シェパードさん、寝転がって、ハグしろよ、みたいな状態になっていた・・・。
そこでさすがに動画は終わっていたが、さんちゃん、怖かったね、無事でよかったねー。笑。
ジュリアに、納得、と返事をしておいたのだった。
モテる男は、仕方がないね。
父ちゃんも気をつけよっと。
※ この写真は、戻って来てすぐの時のもの。鼻先が、破れている!
※ 動画からのスクショ。この瞬間ですね、きっと。笑。
※ 愛されすぎやろ、ってか、これ、もはや、セクハラ違いますか? さんちゃーん。愛される男はつらいねー。よくがんばったね。偉いぞー。よしよし。毎日、こんなだったの?????
今日の気温は20度をちょっとを超えたが、朝はやはり14度くらい、明日は11度だそうで、そろそろ、秋物の服に衣替えかな、という感じであーる。
日本で買ったキンメダイの干物を焼いて、食べた。昨日の残りの鶏肉も焼いた。
冷凍庫に里芋を見つめたので、煮ものにした。
昼食後、アトリエにこもり、絵に没頭した。
ちょっとエッフェル塔をスケッチしてみようかな、と思って、窓をあけて、スケッチブックにササっと、線画を。
正面の窓をあけると、エッフェル塔が見えて、後ろの小窓をあけると、サクレクール寺院が見えるという、素晴らしいロケーションなのだ。
今日は雨だから、すべてが、霞んでいる。
これがね、実にパリっぽくて、最高なのよ。えへへ。
コーヒーを淹れて呑みながら、その絵に、英語で手紙を書いて、ニューヨークの友だちに、送るのだ。昔、ニューヨークに住んでいた頃の画家の友だちだった。
「ハロー、バンジャマン、元気かい? ぼくは、最近、絵の個展をやっているんだよ。君とよく遊んでいた頃は、ミュージシャンだったけれど、その後、作家になり、それから、今は絵描きだ。もっとも、君のようなプロと言えるのか、わからなし、どこまで続くのか、ぼくのことだから、これも、よくわからない。でも、今は、絵を描くことが楽しい。ということで、エッフェル塔を描いたから、送るね。パリに来ることがあったら、連絡してくれよ。カフェで待ち合わせて、昔みたいに、呑もう。あの頃は、ダウンタウンの日本酒バーによく行ったねー。朝まで呑んだ。懐かしい。そのまま、ワシントンスクエアパークに行って、ベンチで寝たよな? あの頃、君はぼくが描いた絵を褒めてくれた。覚えているかい? 君は絵を描くべきだ、って言ってた。つまり、君がぼくの第一発見者なんだ。パリに来いよ。もう、若くない二人だけれど、ベンチなら、エッフェル塔の下にもある。朝まで付き合うから。TSUJI」
※ 世界一汚いアトリエ、間違いなし。こうなってないと、落ち着かないの。
友だちって、多くないけれど、やっぱ、時間が経っても、やあやあ、と笑顔で会える人はみんな友だちだと思う。
この間、引退公演をやった大阪フェスティバルホールのバックステージに、キンボーがやって来た。
小澤征爾さんのところで指揮者の哲学を学んだ世界で活躍する指揮者で、彼とも、実は、ニューヨークで出会った。
ライブ終演後、いきなり、ステージ横に立っていた、奥さんと。
「辻さん、久しぶり!」
「キンボー、どうやって、ここに入って来たの?」
「え、いや、普通に」
「あはは、そうか、君、指揮者だもんね!」
大阪フェスティバルホールは、クラシックのコンサートをよくやる会場なのである。
キンボー・イシイは、台湾人と日本人のハーフなのだ。(お母さんの名前は、ミエンチャン、ぼくのことを、本当に大事にしてくれた。素晴らしい人だった)
キンボーは、つい、おととしまで、ドイツの楽団の音楽監督をやっていた。キンボーとも、NYの日本酒バーによく行った。行ったよね?
いきなり、ステージの横で、再会となり、握手をしあった。でも、お互い年をとった。若々しかったキンボーだが、今は苦み走った顔の指揮者になった。笑。
「すごく、よかったよ」とキンボーが言った。
でも、なぜか、なんとなく、元気じゃなかった。ぼくの脳裏には、ダウンタウンで、大騒ぎをしたころの若々しい時代のキンボーがいた。
そして、バンジャマンがいた。
いい時代だった。
ところで、バンジャマンの住所、30年も前のものしか、知らないのだけれど、やっぱ、届かないだろうね、・・・。笑。
※ このみそ汁お椀、日本で買ったんだけれど、素晴らしいですよー。この発想が、すごい!!! 開発者は天才!
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
とにかく、何かにとりつかれたように絵を描いています。ちょっと、おかしいんじゃないか、というくらいの勢いで。なんで、こんなに絵が描けるのだろうと不思議でなりません。でも、だんだん、わかってきました。これは絵じゃなく、ぼくの哲学なのです。言いたいことが全部、カンバスに叩きつけられていくので、小気味いいです。生きてるあいだは、全力で、走り切りますね。
ええと、エッセイ教室ね、9月8日です。あ、どうでもいい、お知らせですよ。
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https://tunagate.com/community/xWZVvgZD/circle/92861/events/348688
個展は、10月4日から、北マレ地区にある画廊でやります。
それから、月に3回、ラジオをやっています。だいたい、5の付く日ですが、9月は、15日と25日、ちょっとライブがあるので、日にちがずれます。コルシカ島で、歌います。
ラジオ、で、詳しく話します。ご興味ある皆さんは、下のバナーをクリック!