JINSEI STORIES
滞仏日記「8割おじさんは本当に正しいのか?」 Posted on 2020/04/17 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、安倍総理が、緊急事態宣言をこれまでの7都府県だけじゃなく40道府県すべてに発令拡大した、というニュースを読んだ。しかし、緊急事態宣言はロックダウンじゃないので、感染者がどんどん増えつつある今、どれほど有効なのだろう。このことはあとでお話しをするとして、イタリアが当初、ロンバルディア州などで爆発的感染拡大が始まった時、北イタリアだけをロックダウンしたのだけど、東京の方々が軽井沢の別荘に避難するような感じで、北から南へ感染者があっけなく移動してしまい、結局、すぐに全土を封鎖しないとならなくなったし、その後のイタリアの感染爆発の流れは周知の事実である。
今日、新型コロナに使える人工呼吸器が国内に1300台しかないという記事を読んだ。これは正直、ちょっと驚く数字なんだけど、人口が日本の半分のフランスでもロックダウンした時にコロナ患者に使える人工呼吸器は5000台あったし、それを現在1万4千台にまで増やしている最中だ。(現在のフランスの集中治療室にいる患者数は6500人)この新型肺炎、とにかく人工呼吸器のある集中治療室の数が生死を分ける。死者数を減らしたければ人工呼吸器付きの集中治療室が必要なのだ。けれども、今使える人工呼吸器が日本には1300しかないということは、重篤化した人がどんどん運び込まれた場合…心配である。で、在外邦人のぼくが一万キロ離れたところでぎゃあぎゃあ騒いでも、うるさがられるだけなので、誰かこのことを熱く国民に説明できる人がいないかな、と思って探したら、いた。8割おじさん(ツイッターでそう自称されている)こと、厚生労働省クラスター対策班に参加する西浦博・北海道大教授(理論疫学)である。政府に近いところにいながら、国民のために最大限の情報を発信されておられるので大変参考になる。人と人との接触を8割減にしないと感染を押さえられない、と8割おじさんは語っている。人の行動が、8割減なら15日で新規感染者が5分の1に減るのだが、6割5分減だと同じレベルになるまでに約70日もかかってしまう、と西浦さんはおっしゃっている。で、ぼくが8割おじさんに訊いてみたいことは、緊急事態宣言の自粛要請だけで、国民が人との接触8割減の行動が出来るものだろうか、ということだ。ということをふまえて、以下のグラフをみてもらいたい。
このフランス語のグラフは「ロックダウンがフランス人の行動に与えた影響」を示している。(Googleさんが作ってる。素晴らしい、ありがとう)で、上から順番に訳していくと、
-88%、商店と娯楽施設。
-87%、公共交通機関
-82%、公園や公共の場所
-72%、食料品店と薬局
-56%、職場
最後の+18%伸びているのが、いわゆる自分の家の中にいる時間が普段よりも18%伸びてるよ、ということになる。このグラフはフランスで外出制限が発令されてから12日目、3月29日の数字である。比較したベースとなる数字は1月3日から2月6日の平日の平均の数字だ。ロックダウン前の数字と比べ、どれだけ人々が人と接触していないのかが、よく分かる。つまり、これほど厳格なロックダウンをやったからこそ、80%を超える行動の抑制が可能となったというを意味している。当然、外出が禁止されているので、罰金もあれば、警察も取り締まっているし、雇用者への給料なども84%補償されているので、高い数字が出ているということだろう。100%ではないのは、どうしても国を動かすためにある程度の人(医療関係者、警察官、配達人、国の関係者など、国を動かす人たち)は動かないとならないから、その最小限の人の動きを引いたのがこの数字だと思ってもらいたい。
日本は、電車も大勢の人がまだやむを得ず利用しなきゃならないようだし、公園なんかも人がいるみたいだし、吉祥寺なんかに大勢人が集まっているニュースを読んだ。拘束力もなく、自粛要請でしかない緊急事態宣言で、8割減が実現できるのか、ぼくにはちょっとよくわからない。フランス人はこのひと月、相当に頑張った。ぼくの知り合いには、法令が下ってから、実に一歩も出てない人が結構いる。それでも9割減は難しい。ただし、8割は超えているので、3週間を過ぎた頃から、集中治療室にいる人の数が横ばいになりはじめ、この一週間、じわじわと右肩下がりになっている。たしかにまだ感染者数と死者数は伸びているけど、このロックダウンのまず目指すところは集中治療室の患者を減らすこと。そうすれば医療崩壊を押さえることが出来、お医者さんたちが少し楽になり、助けられる患者さんが増える。つまり、死者数が減るということだ。フランスはここのところ、減ったり増えたりしながらも、じわじわだけど死者数が減じているのは、間違いなくロックダウンの効果だと思う。4週間の延長となったが、このまま頑張れば5月11日には大統領が提示した解除への動きが現実化してくる。もちろん、難題はその先にも待ち受けている。中々、解除は難しいのじゃないか、と想像している。日本に関して言えば、まずは、8割おじさんが訴えている8割減を目指すしかないだろう。
話しは冒頭に戻るけど、8割おじさんは緊急事態宣言だけで人との接触8割減が実現できると思われているだろうか? 日本の人は真面目だし、マスクをずっと付けてきたし、統率力もあるので、ぼくの心配が杞憂で終わることを祈りたい。でも、出来るかぎり、外出をしないことが、今はとっても大事。個人個人がロックダウンを目指すみたいなことかな、…
パリの9割おじさんより、日本の8割おじさんへ、がんばってください、あなたが頼り。