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滞仏日記「東京の霊がやたらとくっついてきて、身体が重たくなり、払いに行った」 Posted on 2024/07/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、今日はO先生の指圧に朝いちばんで行った。
魔術師のような指圧の先生がいる。もう、かれこれ四半世紀くらいの長いお付き合いになる。かゆいところにまさにすっと手が届くすごい方で、霊感も強くて、
「あー、なんかまたたくさん連れてこられましたね」
などと、呟くのだった。
「やはり、わかりましたか? 日本に入ると、いろいろとよってくるんですわ」
「(何か言いたげな感じで、俯き、頬んでいる)」
いつも、日本に入ってからの2,3日間は、身体が土地になれるまでにやたら時間のかかる、霊感体質のざわざわ父ちゃんなのだった。
「軽く、払っておきました」
「いつもありがとうございます。厄介なのいましたか?」
「いいえ、だいたい、いつもの小粒ですかね」
「ま、なにとぞ、ライブまであと2,3回はお願いします」
「御意」
何か、地場というか、東京の沼っぽいところから手が伸びてくるというか、父ちゃん霊感強いから、いろんな浮遊霊を引き寄せるのか、毎回、土地が変わる度、大変なのである。
とくに、東京は現世界を歩く人々の速度が異常に早い。
東京駅とか、人を認識できない時があって、そのあいだを、高速で何か得たいのしれない、霊魂が飛んでいく、いや~、疲れる疲れる。
速度になかなか慣れないので、もう、視界が見えなくなる。
なので、父ちゃんは、なるべく、人のいない場所を選んで移動を試みるのだけれど、それでも、流れ弾のような人間丸がどこからともなく、飛んでくるという始末なのだ。
しかも、不思議なことに、こんなに高速で大勢の人が移動をしているというのに、時々、父ちゃんと目が合って、ふふふ、とか、喧騒の隙間を突くように、笑われることもあるのだ。
「あんたも、見えるんだね」
という感じ・・・。
いや、マジで、猛スピードで出入りする駅界隈にあって、その人だけが、動いてなくて、父ちゃんをまっすぐにガン見しているのだから、これはただものではない。
その瞬間、すっ~と音が消えるのだ。
静まりかえり、鼓膜が押さえつけられる感じになった。
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「おおお」
「南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」
「おおお!」

滞仏日記「東京の霊がやたらとくっついてきて、身体が重たくなり、払いに行った」

※ 昼はランチミーティング、巨匠のトウモロコシの冷製スープ、美味い~!



ともかく、ま、それはいいとして、そもそも、もののけに関わっている暇はないので、父ちゃんは、桑原桑原、そこから逃げ出すのだけれど、東京は手ごわい。
それに比べ、パリなんて、田舎だわ、と思うほど、のんびりとしている。
エネルギーを充電するために、木の下に逃げようと思うのだけれど、公園がない。
見渡すかぎりのコンクリートジャングルなので、うう、地場にすいとられるー、と動けなくなる父ちゃんだった。
霊感が強いというのも、時と場合によって、良し悪しがあるのー。
フランスに幽霊が少ないのは、あの人たち恨みをあまり持たない、そもそも自分しか考えてないから、死ぬときも「セラヴィ(それが人生さ)」で終わらせちゃう人達だし、怨念、とか、情念、から遠いのであーる。
そのため、幽霊とか、彷徨う霊に絡まれることがめったにないのだけれど、東京は(京都はもっと強かった)やはり、念がすり鉢のようにゆっくりと動いているからか、もう、出会うというより、まとわりついてくる、感じなのだ。
そこで、偉大な指圧のO先生はぼくの筋膜にすっと指を差し込んで、その念を掴んでは、ぐいぐいと引っ張り出してくださるのであーる・ぱちーの。
「ま、だいたい、大丈夫です。一応、排除しておきました。様子をみましょう」
ということで、身軽になった父ちゃん、表参道でタクシーを拾い、ギャラリーTへと向かった。
ま、時間ができると、鍵を持っているので、Tに行き、時間をつぶす。
ここに泊まればいいじゃないか、と思われるかもしれないが、辻さんですよね、と言って、ドアの前で朝まで佇む人が出現したりすることもあるからさ、笑、ここは、なるべく、泊まらないようにしている~。
あはは。東京拠点計画、これにて、おしまい。
匂いだけ、つけに、たまに立ち寄るだけ・・・。

滞仏日記「東京の霊がやたらとくっついてきて、身体が重たくなり、払いに行った」



ということで、夕飯は、日本一のロケ弁と噂に聞いていた靖国通りに本店のある「いちのや」さんの海苔弁を買って、食べた、ら、マジか、ひっくり返った。
皆さん、食べたことあります?
これぞ、日本の弁当文化の誇りであろう。
うまい!
理屈がいらない。でも、弁当の裏ブタには理屈が並んでいる。あはは。
その言葉に嘘がないくらい、丁寧に食材を吟味してつくっているのが伝わる「海苔弁」なのであった。
まず、魚のフライがメインに鎮座し、横に味噌ダレの焼き鳥、磯辺焼きが添えられ、海苔がもちもちとしたごはんを挟む形で天と地に二枚、海苔で挟まれたごはんというイメージで、これがダシからなのか、海苔から出ているのか、海苔にまとわりついているのかわからないくらいの、昔のおばあちゃんのおにぎりみたいな醤油にまみれた海苔ふやふやの美味さで、やばかった。
メインの魚フライはこれでもかというくらいふっっくらしており、特製のタルタルを別途推薦されたので、黙って従ったが、いきなり高級感が出て、やられた、おいしい。
しかし、なんといっても、ごはんがうまい。もち麦と表記されているが・・・、口腔に広がるジューシーな美味さ、触感、さすが、にっぽんやなー、と感動しまくる父ちゃんだった。
しかも、魚のフライの下に、下に、半熟煮卵が半分、隠されていた~、ひゃあああああああああああ、衝撃!!!!
弁当が空っぽになったとたん、明日は何を食べてやろうか、と思わず考えている、これじゃあ、痩せるわけない・・・。あはは。
さて、まもなく、ラジオ・ツジビル生放送がはじまるので、寝巻に着替えて、パソコンの前に鎮座し、放送開始を待つのであった。

滞仏日記「東京の霊がやたらとくっついてきて、身体が重たくなり、払いに行った」

※ うますぎた、いちのやさん!!! ま、海苔弁だが、かなり、高いんやわ、1500円! その価値、あります。

滞仏日記「東京の霊がやたらとくっついてきて、身体が重たくなり、払いに行った」



つづく。

そして、今日、やっと父ちゃんの新刊アートブック「パリ情景・動かぬ時の扉」がホテルに届けられたので、ページを捲ったのでしたー。思った以上に豪華本でしたー。
けっこう、分厚い(176ページ)A4サイズもありました。
まんなかに、かなりのボリュームで小説が挟み込まれており、後半に解説などもあって、アートの幕の内弁当という読み応えある一冊に仕上がっていたのでご報告です。関係者の皆さん、お疲れ様でした~。いよいよ、梅雨があけて、本格的な夏到来でしょうか、よっしゃ~。

滞仏日記「東京の霊がやたらとくっついてきて、身体が重たくなり、払いに行った」

TSUJI VILLE

滞仏日記「東京の霊がやたらとくっついてきて、身体が重たくなり、払いに行った」

自分流×帝京大学