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滞仏日記「希望か? ロックダウンの解除についてマクロン大統領が初言及」 Posted on 2020/04/14 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日、20時より、マクロン大統領がテレビを通して全国民に向けて語り掛けた。毎回、この人は一度もカメラから視線を逸らすこともなく、言い淀むこともなく、しっかりした力強い口調で、まるで舞台俳優のように、厳しい教師のような一面も時に滲ませながら、血の通った優しさも含め、速度を持って伝えてくる。今日の演説は27分間に及び、ぼくはずっと見ていたけど、一度も話しを止めることはなかった。その視線はレンズを突き抜け、国民に注がれ続けた。それは決意を現す若さと行動力の現れでもあった。イタリアのコンテ首相、イギリスのジョンソン首相、ドイツのメルケル首相といい、力強く国民に語る姿勢にはいつも驚かされる。そして今日は、3月13日の演説以来、国民に向けたロックダウンに関する四回目のスピーチとなった。前回のように強い口調で「戦争」という言葉を繰り返すことはなく、「疲労している人もいるだろう、 ある人は悲しい時を過ごしているだろう、広くないアパートで多くの同居者がいる人にとっては、この期間は本当に大変だったと思う」と演説を切り出した。「しかし、あなたたち国民のおかげで少しずつ結果は出てきており、希望が再び生まれつつある」と冒頭、謝意から始まった。それは人々のストレスを和ませる歌の始まりのようだった。
そして、次にしっかりと、新型コロナウイルス危機について「明らかに十分な準備がされていなかった」と国の初動ミスを認め謝罪したのだ。ウイルスは「未知のものだった」と振り返りつつ、「しかし、フランスは他の国と同様、緊急事態に対応し、部分的な情報を元に難しい判断を下しながら、常に適応し、対処することが出来てきた」と自己分析した。世界のすべての国のように、医療従事者の防護服(ブルーズ)、手袋、消毒アルコールジェルが不足しており、また十分なマスクを用意できなかった。そこには不必要な手続きによる遅延や物流に関する弱点があったことを認めた。
希望は再び生まれているが、まだまだ感染のひどいイル・ド・フラン(パリ近郊)やフランス東部の病院は飽和状態にあり、今の努力を続ける必要があると強調しながら、現在行われている厳しいロックダウンが5月11日(月)まで延長されることを発表した。(つまり5月11日で解除されるという意味)しかし、5月11日(月)にロックダウンが解除されるためには、国民がルールを守り、ウイルスの拡散が現実的に減速した場合という前提で、と付け足した。5月11日に解除を迎えるには国民一人一人に責任があることを念押し、したのである。ロックダウンの解除については、もちろん、初めての言及であった。テレビやメディアでは気の早い専門家がどのような形で、いつ、ロックダウンの解除が行われるか、ずっと議論を繰り返していたが、閣僚たちは、その段階には達していない、と逸る人々の気持ちを諫めていた。終息の道過ぎがずっと見えないままのロックダウンだったので、ぼくは絶望することもあったが、今日初めて飛び出してきた「ロックダウンの解除」という言葉に微かな光りを見つけることができた。つまり、希望である。
5月11日からロックダウンが段階的に解除され、託児所を含めた義務教育の学校を徐々に再開していくと発表し(大学生、専門学生については夏まで再開無し)、特別なルールを作り、今までと違った時間配分と空間を整え、必要な設備で私たちの教師と子供たちを守る、と大統領は言い切った。今までと違った時間配分? 必要な設備とはどういうものだろう。息子はどのような環境と雰囲気の中、5月11日から登校するのだろう。
また、5月11日より経済活動を再開する可能性があるが、カフェ、ホテル、レストランはこれまで通り、閉鎖を続ける。音楽祭などは「少なくとも7月中旬までは」ないだろうと述べた。
また、慢性疾患を持った人や高齢者(年齢については言及なし)は引き続き外出制限を続けなければならない。
5月11日以降の取り組みとして、政府が各市長と連携し「すべてのフランス人がマスクを持てるようにする(詳細不明)」とし、新型コロナ陽性患者との接触の可能性をユーザーに警告するデジタルアプリ「StopCovid」を取り入れる方向で議論している、と付け加えた。このシステムは任意、そして匿名で展開されることになる。5月11日頃を目処に、「症状が出ている人」全てのPCR検査を町のラボラトリー(血液検査や尿検査を行う場所)で行える態勢を整え、ウイルスに感染している人は、隔離して医師の監視のもと、治療を受けることができるようになる。また、経済支援の見直しや、子供のいる低所得家庭のための例外的な支援、危篤状態の人の親族が、その人がいる病院や老人介護施設で「最後のお別れ」ができるようにしたい、と述べた。しかし、これらについて詳しい条件などの言及はなかった。
以上がマクロン大統領の今日の宣言の中身だが、ぼくが一点気になるのは、5月11日から子供たちが学校に戻るということは、たとえば息子が学校で感染をして、家にウイルスを持って帰った場合、同居しているぼくが感染するリスクが高くなるのだけど、と不安になった。この件について、フランス医師連盟の会長は「子供たちがウイルスを持ち帰る危険性があるため、時期尚早」との見解を示している。医師会の会長は9月学校再開が妥当と思っているようで、もしかするとこの点について、今後このひと月間、議論が繰り返される可能性がある。
ともかく、今回のマクロン大統領の演説はこれまでの強い口調のものではなく、国民の苦労をねぎらう、ある種の優しさに満ちたスピーチでもあった。しかし、大統領の口から「解除」という言葉で出てきたことは前進だと思う。ただ、彼が言った言葉の中で、もう一つ気になった箇所があった。
「以前の生活にいつ戻れるのか、という質問には、正直なところ、今、ぼくたちから戻せる回答はないのです」