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滞仏日記「三四郎じゃなく、ちゃちゃのことを思い出した、父ちゃんの夏がスタートする!」 Posted on 2024/07/15 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、いろんな人間がいる。
心が見えにくいけれどほんとうは心優しい人とか、話がぜんぜん通じない人とか、ものすごく明るく社交的なのだがそれがいき過ぎ、結局、人に迷惑ばかりかけるような人とか、ウソつきとか、裏と表の顔を持つ人とか、ただ明るいだけの人とか、嫌な感じなんだけれど実際は虫も殺せないほどにいい人とか、世間にかかわらないで生きている人とか、そういう人間たちがぼくの周りには様々いて、ぼくの世界というものを勝手に構成しているのだ。
ぼくは頭から拒絶するわけでもないが、この人はぼくに悪い影響を与えるとわかった人には当然だけれど近づかないことにしている。
その人が有名であろうと、権力者であろうと、関係ない。
ぼくを構成する世界を、ぼくはできるだけシンプルにさせたいのである。
ぼくが生きやすい環境を持つことが、よく生きる上で、とっても大切なことだから。
ぼくは自分の世界のほつれとか、傷みとか、汚れを少しずつ補正しながら、ぼくが生きやすい環境になるように、調整している。
その作業は時に、労苦を伴うけれど、生きるためにはしょうがない。
自分が苦しいと感じる時は、だいたいどこかの構成要因とあわなかったりするのだから、でも、大事なのは、そこと揉めないで、もめ事を収束させ、軌道修正し、再び、ぼくを含むこの世界が生きやすくなるようにする、だけなのだ。
そのくらいに考えていると、面倒くさいことも、治療可能となる・・・。

滞仏日記「三四郎じゃなく、ちゃちゃのことを思い出した、父ちゃんの夏がスタートする!」

滞仏日記「三四郎じゃなく、ちゃちゃのことを思い出した、父ちゃんの夏がスタートする!」

滞仏日記「三四郎じゃなく、ちゃちゃのことを思い出した、父ちゃんの夏がスタートする!」



さて、肌寒いパリを離れ、ぼくは今、この日記を1万メートル上空で書いている。一つ、面白いことがあったので、ご報告したい。ここだけの話である。
あるCAさんが、たぶん、チーフみたいな方であろう。その人が、ぼくの前にやって来て、「辻さんのブログを長年愛読しています。最近、ちゃちゃが出てこないので、ちょっと寂しいです」
と言われた。
ちゃちゃ?
三四郎と勘違いしているのかな、と思って、次の瞬間、あ、と思い出した。
息子が生まれた時から離さず抱きしめてきたぬいぐるみの「ちゃちゃ」じゃないか。
ああ、そうだ、そういえば、最近、ちゃちゃのことを日記に書いてない!!! 笑。
「もう、息子さんも巣立って大学に行かれたので、ちゃちゃも・・・」
というようなことをCAさんが言われた。
実は、ちゃちゃは当然のことだが、息子のアパルトマンで生きているのだ。
ちゃちゃは息子を構成する世界のもっとも大事な要因なのだから、当然である。
そこには、あらゆることが含まれている。
彼の物心がついた時からずっとちゃちゃは息子に寄り添った。
ぼくから巣立った今も、ちゃちゃはきっと彼の一番の理解者であるはずだ。
ぼくのところには、息子とちゃちゃのかわり、と言うわけじゃないが、三四郎がやってきた。
ぼくにとっては三四郎のことで頭がいっぱいなので、すっかり、ちゃちゃを忘れてしまっていたのだった。すまない、ちゃちゃ。
君は、元気にしているかい?
息子のガールフレンド君にも優しくしてもらっているかね?
たまには、ぼくのところにも遊びにおいで、・・・会いたいよ。

滞仏日記「三四郎じゃなく、ちゃちゃのことを思い出した、父ちゃんの夏がスタートする!」



パリを出る直前のことだが、三四郎の耳の中が汚れていて、掃除をしたのだけれど、もしかすると中耳炎が再発しているのかもしれない、と思い、獣医さんのところに連れて行ったら、案の定、中耳炎だった。
夏のあいだ、犬の合宿所に預けるのだけれど、と先生に話すと、ひと月半効果が持続する薬を耳の中にいれてくれた。
さらに、野原を駆け巡る生活に入るので、変なバクテリアやウイルスがつかないように、注射もしてくれた。
200ユーロかかったが、行ってよかった。
「サンシーローはもう大丈夫、あなたは安心をして、日本に行けるわよ」
ドクターは心強い。
「生き物を飼うということは、こういうことよね」
女医さんだが、素敵なマダムで、安心感がある。この人も、ぼくの世界を構成する一人だ。そして、ドッグトレーナーのジュリアも、その一人・・・。
ぼくはそういう世界の中で、様々な構成員に支えられ、時に助けられ、生きているということになる。
息子は、ちゃちゃとガールフレンドや、親友たちに囲まれている。息子はたくさんの友人を持っている。みんないい子たちだ。
でも、最近は、ガールフレンドの話ばかりする。
「友だちなんだ。でも、大事な人だ」
その子の家の鍵を持っている、と打ち明けられた。ええ、大丈夫か、と思ったが、なくすなよ、と笑いながら言い返してやった。
それ以上の心配はしない。鍵を持つ、それは物語の一部だ。
こういうことは成長していく上で、大事なことなのだ。息子は弁えた子で、ぼくはよく知っているから、そこには口を出さない。
それが息子を構成する世界の今はど真ん中の出来事なのである。きっと、息子を見守るちゃちゃもそこにいる。
あゝ、そういえば、ちゃちゃも、20歳になったということか。
彼が生まれた時に買ったぬいぐるみだった。
ちゃちゃ以上にかわいいクマのぬいぐるみを見たことがない。
20年も息子に寄り添ってくれたのだ。今はやせ細ったが、でも、ちゃちゃ、だ。
10年前、夜中に子供部屋を見回りに行くと、ちゃちゃを抱きしめて寝ている息子がいた。おでこを撫でたら濡れていた。つまり、泣いていた。その涙をちゃちゃが吸い取っていた。
ぼくは衝撃を受けたが、つまり、この子は人前で絶対に泣かない子なのだった。
ぼくは2,3度しか、この子が泣いたのを見たことがない。
子供のころからずっと歯を食いしばって生きてきた子だった。
ぼくを構成する世界の中心にいる。
「今度、彼女を紹介するよ」
「わかった。その子に、ご飯を作ってやろうか? うちに来いよ、二人で」
「ほんと?」
「ああ、まかせとけ」

滞仏日記「三四郎じゃなく、ちゃちゃのことを思い出した、父ちゃんの夏がスタートする!」

※ パリ上空! これがぼくが生きる街だ。パリだ。涙が出る・・・。

滞仏日記「三四郎じゃなく、ちゃちゃのことを思い出した、父ちゃんの夏がスタートする!」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
ちゃちゃのことを思い出さてくれたCAのMさん、ありがとうございました。おかげで、いい旅ができそうです。この夏は全力で乗り切らないと、節目の夏になるはずですから。ちゃちゃ、息子を頼むよ。三四郎、お前も頑張れ!

ええと、月に三回、ラジオをやっています。語り倒す父ちゃんのDJ、気晴らしに、訊いてみてください。ツジビル・ラジオ、こちらから。
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TSUJI VILLE

滞仏日記「三四郎じゃなく、ちゃちゃのことを思い出した、父ちゃんの夏がスタートする!」

自分流×帝京大学

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