JINSEI STORIES

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」 Posted on 2024/07/05 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、リヨンといえば、ポール・ボギューズを思い浮かべる人は多い。
50年間もミシュランの三ツ星を維持し、91歳で逝去されたフランス料理会の巨人。リヨンが「食の都」と言われるのも、ポール・ボギューズの存在があってこそ・・・。
しかし、ボギューズの死後、彼のレストランは二つ星になった。そして、今、リヨンに三ツ星のレストランはない、と聞いた。(ホテルの人の意見で、今年どうなったか、ちょっとわかりません)
そこで、知人に訊いたところ、現在、リヨンで最も刺激的な料理を提供するのは、日本人シェフがオーナーをつとめる「TAKAO TAKANO」だということだった。
これは行かないわけにはいかない、と思い、予約を試みたが、とれなかった。
しかし、今日、たぶん、キャンセルが出たのであろう。19時半の予約がとれたので、出かけてみた。もちろん、満席である。
リヨン中心部にあるわけじゃなく、ちょっと離れた割と普通の住宅地っぽい、ひっそりとした地区に、シックでシンプルなそのお店があるのだった。
ゴージャスなつくりではないが、ドアを開けて入ると、穏やかな空気感に安心する。
受付の男性が、たぶん、日本人だろうな、と思ったが、キューバ人とか南米人のような風格があって、いちおう、フランス語で、ぼんそわーる、とご挨拶しておいた。
一瞬、にらまれた気がしたので、ま、視線をそらし、鏡にうつった自分の恰好をみたら、ミシュランの二つ星レストランに来るような恰好じゃなく、あ、しまった、やっちまった、と思った父ちゃんであった。あはは。
黒づくめ、サングラス、ハンチング、黒いいつものちょっとやさぐれロッカーな恰好・・・。
でも、今更しょうがないので、その貫禄のある男性に案内された席についた。
「あの、辻さんですよね」
と不意に日本語、なーんだ、やっぱ日本人じゃん・・・。よかった。
「もしかして、あなたがオーナーの高野さん?」
「いいえ、森田です。ぼく、実は、さっき、休憩時間にたまたま辻さんの日記を読んでいたんです。今日、リヨンにいるんだなって、思ってました・・・。だから、ご本人が、来て、びっくり」
という、あはは、名刺代わりのご挨拶。ありがとうございます。恐縮。
にらまれた理由も、わかって、一安心。
父ちゃん、深々と頭をさげ、あんな至らぬ日記をご愛読くださり、ありがとうございます、と謙虚を装いながら、心の中では、安くて美味しいワインをセレクトしてもらえそうじゃのー、と期待も膨らむ。笑。
というのも、知り合いの美食マダム(仕事関係者です!)をご招待しちゃったので、へたなものは注文できないし、でもお金持ちじゃないし・・・、森田さんが読者さんなら、あり意味、旧知の仲。
恥をかかないで、美味しくて、リーズナブルなものを選んでくれるに違いない、と思ったのだった。えへへ。
がらんとした天井の高い店内、しかし、なにもかもがセンスがよい。
机も、テーブルクロスがかかっているわけじゃないのに、角を丸く整えた思いやりのある机と座り心地のいい椅子に腰かけ、リヨンの時間の中に身をひそめることが出来た。

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」

※ ホールに日本人のマダムがいらして、この方が、また、雰囲気のある清楚なサービス(気配り)をしてくださり、そこが、お店を心地よくさせる、大きなポイントになっている。サービス、大事ですね。



「辻さん、福岡ですよね。ぼく、佐賀なんです」
でた、九州繋がり、もう、これは地元の先輩面をしてもいい、レベル?
「佐賀、どちら?」
この辺から、口ぶりも気安い感じへと移行。親密感を演出することで、この店のさらに深いものを知りえることが出来る、という愛情料理研究家ならではの術なのじゃ。えへへ。
「佐賀市です」
「ああ、佐賀新聞、素晴らしい。うちの一族もその辺にたくさんおります。同郷だね」
「うちの妻といつも微笑みながら、読まさせて頂いております」
ということで、初対面、だったが、九州の血で繋がり、ひととき、盛り上がる。この時すでに、お店は満席。当然であろう。期待が膨らんだ。

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」



ワイン・リストを手渡された。おお、二つ星、分厚い・・・。かなり、分厚い!
細かく、吟味。ええと、円安で、大盤振る舞いをしたいところだが、出来ないので、じろじろと、覗きつつ、今日の予算内でいけそうなものを、探す・・・。かっこわりー。
リヨンはブルゴーニュとかローヌが近いので、当然、その辺のワインが充実している。
ま、今年はずっとボルドーで頑張って来たので、ここはリヨンなのだから、ブルゴーニュワインを選んでも、怒られることはなかろうもん。しかし、眺めるが、やはり、高い。
ブルゴーニュ地方の白ワインだけでも、1ページから2ページあって、一本、80ユーロくらいから、上はもう、天井無し、・・・でも、ぼく、ガラスの天井・・・あはは。
「何を吞まれますか?」
覚悟はしていたけれど、ライブも頑張ったし、ここは、奮発したいが、手が届かないものもあって、その辺のところをなんとなく親しくなった森田っちに、アイコンタクトで、伝達・・・。えへへ。
「(声をかなり潜め)そうですねー、ええと、このあたりのワインは、いいんじゃないかん-って、思うんですよね。(80~95くらいまでの一番低い価格帯を、お招きした人に見せないように、しながら、指図・・・)」
「あー、サン・ロマン。いいですよね」
サン・ロマン、最高なのだ。ぼくは大好き。
ところが、森田ソムリエ、目が、三日月みたいになり、微笑んでいるが、何かいいたげな視線、・・・
「いや、この感じで、おすすめがあれば、ソムリエに従おうかな」
「あります!」
きっぱり、言われたので、引き下がれない。気弱な父ちゃん。
ということで、森田っちが、口元を緩め、強力におすすめしたのが、サン・ロマンと並ぶ、サントーヴァンであった。いい作り手だ、値段はちょっと高いが・・・あはは。
ということで、お味見。おおお、センスが良かった。余韻が長い~。
口に含んで、口腔でしばらく燻らせてから、のど元を通過したあとも、いつまでも、いつまでも、後ろ髪を引っ張られる、この香気ある味わい。
わずかに美発泡を感じたのと、熟される前の酸味もあったので、
「2020年でしょ」
と適当に言ってみたら、
「2019年でございます」
と戻って来た。
言われてみれば、2019年だねー、と話をあわせ、二人で、ふふふ、と笑い合った。
ぼくはワインを女性にたとえることが多い。
お若いのに、すでに完成度も隠しもたれ、ちょっと無理をされながら、けなげに頑張っている、しかし、涼しい顔つきで今日を頑張るマダムのような白。好きにならないわけがない。
「たいへん、この季節にあいますね」
「はい、その通りです」

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」



こうやって、リヨンの夜はふけていった。
シェフとはお会いできなかったが、頂いた料理はどれも驚くほどのおいしさで、ほんとの天才の味であった。
恐れ多くて、コメントができないが、かわりに写真をご覧頂きたい。
どれも、複雑な味わいなのに、余韻が一つに統一されており、前菜で出てきたキュウリの一皿など、キュウリをここまで美味しくさせるために、海藻やアキテーヌ産のキャビアが使われているのである。ほー、すげー。
キャビアは「脇役」でしかなく、キュウリでさえ、こんなに美味しくなるのか、と思わせられる、素晴らしい技術、であった。

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」

※ アミューズなのだが、中に、スペイン産生ハムのセシーナがちょっと入っていて、美味しかった。にんまり。

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」

※ シェフに怒られるかもしれないけれど、茶わん蒸しのような、絶品な一皿。日本がちょっと感じられて、嬉しくなった、父ちゃん。

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」

※ これ、おどろいた、キュウリが主役の一皿。キャビアが脇役。

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」

※ とにかく、白いアーモンドが、気になりました。世界をカンバスにちりばめたごとき一皿。

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」

※ アカムツだと思うのだけれど、ニースのレモン、ほら、マーシャルの八百屋でよくぼくが買うやつ。あれとバター、甲殻類の風味、たまらなかった。

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」

※ ガルニチュールだと思うけれど、何か入っていた。ええと、なんだっけ、ビュロ貝とかだったっけ? すいません。意外な付け合わせ。

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」

※ 乳飲み子羊の火入れ加減、やられました。



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
すごいですよ。また、リヨンに行く機会があったら、寄りたいなァ、と思いました。食のフランスツアーをご検討の皆さま、おすすめでございます。ありがとうございました。

さて、お知らせです。
7月12日に、エッセイ教室をやります。文章を書くのが好きな皆さん、どうぞ、お気軽にご参加ください。
☟☟☟
https://tunagate.com/community/xWZVvgZD/circle/92861/events/329479

滞仏日記「食の都、リヨンで、もっとも有名なレストランに行ってみた」



TSUJI VILLE
自分流×帝京大学