JINSEI STORIES
滞仏日記「新型コロナ、軽度の感染から快復された方の手記」 Posted on 2020/04/10 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日、編集部に大変貴重な手記が届けられた。パリ市内で新型コロナに感染をし、そこから快復をされた人の実に詳細な記録である。この方は重症化されることもなく、よって集中治療室に入ることも、入院もされていない。実は、このような軽症の方ばかりなのである。知っている人たちの中からも感染者が出はじめ、新型コロナの広がりに驚いていたところに、舞い込んだのが、感染から快復までを細かくつづったOさんからの手記であった。ご本人が日々不安な思いで悩んでいる日本の皆さんに届けたいということで実名を伏せてご紹介させていただく。
日本と同じで、今日現在のフランスは簡単にPCR検査を受けることが難しい。(感染者が多いからというのが大きな理由のようだ)じゃ、どうやってOさんは自分が感染したことを知ったのか?
Oさんの手記。
【診断に至った経緯】
実はPCR検査は受けていません。
Doctolibというサイトにて遠隔診療の予約を取り、医師に診断してもらいました。
https://www.doctolib.fr/video_consultation
症状を詳しく説明したところ「新型コロナウイルス感染の強い疑いがあります。感染といっても軽度ですから、経過観察をしていきましょう」と診断が下りました。
【症状】
1週目:
ー ひどい倦怠感
ー 微熱
ー 喉の軽い痛み
2週目:
ー ひどい倦怠感
ー 頭痛
ー 軽い下痢
3週目:
ー ひどい倦怠感
ー 微熱
ー 頭痛
ー 喉の軽い痛み
ー 軽い下痢
【経過詳細】
3月15日日曜日夜発症。(この時点では、ただ疲れが出たのだろうとしか考えていませんでした。)
3月19日木曜日午後に遠隔診療を受けて診断名を聞かされた時は大変ショックを受けました。
なぜなら、37,5度を超えたのは1日のみ。あとは37度台前半でしたので、まさか、という想いでした。
診察を受けた時点で発症からすでにほぼ4日が経っていたので、「ここまで咳の症状がないのであればおそらく重症化しないでしょう」と言われました。経過観察が始まりました。
この病気は最初の週の経過がかなり重要で、ここで症状が悪化しなければ2週間で自然治癒する可能性が高く、感染者の約8割は軽症で終わるそうです。
自宅で安静にして、1日1,5リットル以上の水分補給をし、自己免疫力で自然治癒を目指すことを薦められました。
「治療薬はありません」とはっきり言及がありました。
なんらかの新たな症状が出てきた段階で、また遠隔診療をする約束をしてひとたび診察を終えました。
3月31日火曜日、最初の目安だった2週間を経過しても「ひどい倦怠感」と「軽度の下痢」症状が続くので、ちょっと心配になり、同じ先生に、再度診察を頼みました。
治癒に3週間から1ヶ月間かかる人も多くいると先生は言いました。自分と同じ症状の方が他にもたくさんいるということが分かり、安心材料となりました。
症状があるうちは他人を感染させる恐れがあるので《フランスの医師は、症状が終わっても一週間は他人に感染させる可能性が残ると言います》、とにかく自宅から出ないで、安静にしているように、と言われました。
その後も浮き沈みを繰り返し、4月4日土曜日。「ひどい倦怠感」と「頭痛」と「ぶり返した喉の痛み」が気になり、さらに、遠隔診療を受けることになります。
この、「ぶり返す」症状というのがとても厄介で、一旦良くなったと明るい気分になっても翌日にはまた症状が現れて不安な気持ちに陥れられることの繰り返し…。
でも、この診察で、波のように症状が繰り返しやってくるのがこのウイルスによる症状の特徴だと教えてもらいました。医師たちも、こういう診察を通して、少しずつこのウイルスの習性を把握していっているのだな、というのが伝わってきました。
「症状のぶり返し」が頻繁に起こるのだと知ることができたので気持ちを落ち着かせることができました。
「もう少しの辛抱だから、頑張ってね」
と、医師から的確な説明と励ましをいただき、大変助けられました。
遠隔診療のおかげで、未知のウイルスとの自宅療養に適切なサポートが得られました。とても有難く思っています。
そして、4月8日水曜日、やっと、症状も治まり、朝から夜まで体調良く過ごすことができるまでに回復したのです。発症から、すでに24日間経っていました。これは一般的に言えば長い症例となります。私の場合、嗅覚も味覚も食欲も失われることはなく、結局、咳の症状は、出ませんでした。
【Paris市の実態】
私を診てくれた医師によると、2月末から今日現在までに、新型コロナウイルス患者を毎日少なくとも15人以上診察してきたそうです。
さらに、娘の学校の友人たち、その保護者、夫の職場の同僚にも数人感染者がいることが判明し、市中感染がかなり広まっていたことを、3月半ばに知りました。
そして、3月中に発症したこの知り合いの感染者たちは、今は全員快方に向かっています。軽症の方々はある一定の期間を過ぎると完治します。医師からの説明にあった「感染者の約8割は軽症で済む」という話と合致していると感じました。
国としては、国民の60パーセントが軽症で罹患し、集団免疫を獲得するのを目指しているそうです。
【入院が必要かどうかの見極め方】
咳の症状が出始めて、
ー 早歩きをしているときのような息苦しさがある場合:自宅安静。
ー 走っているときのような息苦しさがある場合:すぐに15(救急)へ電話。
【家族間感染防止策】
医師からのアドバイス:感染者を隔離する。感染者は、何かを触る前に、必ず手洗いをする。
【我が家で気を付けたこと】
ー 常に換気。窓が開いていない場合は、家族に部屋に入らないように頼む。
ー タオルは共用せず、各人のものを使用。感染者は専用の石鹸を。
ー ドアノブには触らない。肘でドアを開け閉め。
ー 電話などは、使用したら消毒。
ー 排泄物からも感染すると聞いたため、感染者は使用するたびにトイレとお風呂場を掃除。
ー 感染者の体液のついた衣服やシーツ類の洗濯も、本人が洗濯槽に入れる。
(洗濯の際に生地からウイルスが舞う可能性に気を付けました。)
ー 食事は隔離されている部屋で1人で。
ー 感染者専用のゴミ袋を用意。
【注意事項】
感染者の約8割が軽症で終わると言っても、約2割の重症化される方が同時期に病院に殺到したら救える命が救えなくなってしまいます。そのための外出規制で、我が家は夫以外、いまだに誰も一歩も外へ出ておりません。
この手記は、そう言った事態を避けるための注意喚起のためというより、毎日の報道でこのウイルスの輪郭すら掴めない中、不安に陥っている日本の方たちに、少しでも参考にしていただければ、と書き記しました。
以上がOさんの手記となる。
Oさんの手記を読んで気になった点がいくつかある。少し補足しておきたい。
パリの場合、電話番号15(救急番号)を押すと、本来ならば、それ専用のホットラインに繋がる。しかし、大変込み合っているので、実際はなかなか繋がらない。日本も保健所は繋がりにくいと聞いたことがある。そこで、フランスは新型コロナに関する遠隔診察システムをスタートさせた。その代表格がアプリのCovidomだが、医師予約システムのDoctolibでも、新型コロナの遠隔診察が受けられる。Oさんもここに連絡をいれたようである。
これだけ、世界を恐怖のどん底に叩き落している病の診察がこんなにあっさり出来て、しかも入院もせず自宅で完治というのがピンとこなかった。世界中の恐ろしい映像をあれだけ見せられてきたせいであろう。4日で咳が出ていない場合重症化しない、という医師の診断にも驚いた。自宅で安静にし、水を飲み、自己免疫力を高めることを目指す、というのがどこか神頼み的で、原始的過ぎて、苦笑さえ起きてしまう。でも、軽症の場合、こういうことなのだろう。治療薬が存在し無いのだから、完治するまで家で横になり、医師の遠隔診察に従うしかないのである。※他に同じような応対を受けた知人がいた。
完治されたばかりなのに、手記を書いてくださったOさんの日本を思う気持ちには感謝しかない。
それにしても、この病、まだ、ぼくらの知らないことばかりである。次々に、状況が変わっていく感染症なので、最新の情報を手に入れる必要がある。