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滞仏日記「数字からみる、日本のことが本当に心配な理由」 Posted on 2020/04/08 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、20時に教会の鐘が鳴るのと同時に人々が窓から顔を出し、手を叩く。毎日、同じ人たちと顔をわせるのだけど、悲壮感があり、目があっても目を逸らされ続けてきた。となりのマダムだけが「こんばんは」と言ってくれていた。ぼくと息子はアジア人なので、仲間に入れてもらえないのか、と思って、でも、毎日、ぼくは窓を開け、命がけで働く医療従事者の皆さんへの感謝を込めて手を叩いていたのだ。するとむかいの建物の最上階に住む老夫婦がぼくにはじめて手を振ってくれた。かと思うと、その隣の建物の一つ下の階の若いご夫婦とそのお子さんがぼくに笑顔を向けてくれた。そして、いつもぼくと視線が合うと窓を閉めていた中年の男性が今日初めて、笑顔で、しかも手を振ってくれたのである。この笑顔が意味するものは何か。でも、今日がロックダウンからちょうど3週間目にあたるからかもしれない。こういう感情を連帯と呼ぶのだろうか。

しかし、今日のフランスは日別死者数が過去最大の833人を記録し、トータルの死者数は一万人という大台を超えてしまった。エドワー・フィリップ首相は国会で、「全く終息の目途が見えない」ということを語った。オリビエ・ヴェラン保健相も「終わりからは程遠い」と国民にくぎを刺した。法令を守らず外出する人が後を絶たないので、フランスはこれまで認められていた一キロ以内一時間のスポーツの制限を明日からより厳しくすることになった。午前10時から19時までスポーツが出来なくなってしまったのだ。なので今日は嫌がる息子を連れだし、二人で小一時間走ることになった。フランスはたぶん、来週あたりに感染のピークを迎えることになるだろう。イタリアも死者数が今日、若干増加したが相対的には減じているし、スペインも明らかに死者数が減ってきているので、ロックダウンの効果は少しずつだが出ているように思う。



ところで、緊急態宣言を発令した安倍首相が記者会見で「このペースで感染拡大が続けば、感染者数が2週間後には1万人、一か月後には8万人を超える」と発言された。この感染者数はPCR検査をしていない現状における増加数を述べていると思うが、実際の数字は感染者数ではなく、死者数でみる必要があるので、欧州の過去のデータと比較してみた。ぼくの手元には6日の厚生労働省の数字しかないのだが、4月6日、日本の感染者数は3906人、死者が80人とあった。フランスで死者が80人なのは3月13日にあたる。この辺りは、前日12日が約60人、(13日、80人)翌日14日が90人という割りと緩やかな増加率を推移している。ちなみに、13日フランスの感染者数は3664人、今日の日本は3906人。感染者数と死者数はほぼ同じとみていいだろう。(フランスはイタリアの11日後を追いかけていると言われている。それは3月3日になり、驚くべきことにこの日のイタリアの死者数は約80人と一致する。また、イタリアとフランスはともに人口6000万人規模だ。人口で言えば、日本はフランスのほぼ倍なので、一概に比較できない)死者数80人だった3月13日から、3週間と3日が過ぎたフランスの今日、4月7日の死者数は10,000人を超えた。(この中には老人ホームで亡くなった人の数も含まれている)3週間と3日後は5月1日になる。死者数がフランスと同じ増加率だった場合、しかし、病床数がイタリアよりも少ない日本で、これだけの出来事が起こったとすると、果たして7都府県だけの緊急事態宣言で大丈夫か、という不安がおきる。

日本人はマスクの装着を長年習慣化しているし、政府の指示に従うし、清潔好きだから、欧州の増加率がそのまま当てはまるとは思わない。他にも日本の死者数が増加しない様々な説が囁かれているけれど、一方で、ニューヨーク州の増加率はもっと早いスピードで欧州をも上回ってしまった。今日のフランスの死者数10,000という数字の恐ろしいところは、亡くなられた方々がほぼ全員集中治療室を通過してきた人だということ。さらに、その後ろにもっと大勢の集中治療室を必要とする方々がいるということだ。医療崩壊の危機を日本の医師会が訴えてきたのはそういう理由だ。一度、人口呼吸器をつけると、すぐには外せないし、その患者に付き添う人も必要となる。3週間後、5月1日の日本が心配だ。この悪い想像が実現しないことを願う。



価値観が一変した世界になった。ぼくと息子はたぶん、日本の3週間先の世界にいるということかもしれない。そこから言えることは、とにかく、今は家から出ないこと、出来る限り人と接触しないこと、心の準備をすることだと思う。今夜はスーパームーンらしいので、ロゼ色の月に手を合わせ、この数字の推移が日本だけ例外で、あてはまらないことをぼくはひたすら祈った。

滞仏日記「数字からみる、日本のことが本当に心配な理由」

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