JINSEI STORIES

滞仏日記「日本人の人情の深さに、本当に、ウルッとした日」 Posted on 2020/03/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、北斗晶さんからメッセージが入り、あれ、と思ったら、「心配していますー」と。昔ね、シングルファザーになったばかりの頃に料理番組で対決したことがあって、彼女のまっすぐな生き方が、あの頃のぼくを楽にさせてくれた。「大丈夫ですよ、ありがとう」と返したのだけど、「ムスコちゃんもいるし、何か必要なものがあったら遠慮しないで言って、すぐ送るから。ラーメンとか日持ちするものでも送ろうか」と、ラーメンか、食べたい。「でも、大丈夫、なんでもあるし。毎日、スーパーあいてるし」と返したのだけど、その後もどんどん続いて「パスタがないとか困ってたら遠慮なく言って送るから」「パスタは結構、買ってあるから」「息子くんと二人で頑張ってるんだもん。応援しているのよー私。お節介なおばちゃんだけど」って。(原文のまま)。笑。ウルッと来た。なんか、有難いね。タイタンのみっちゃんからと加藤雅也さんからも連絡があり、というのか、きっとなんかフランスのことがニュースで流れたんだろうな、ほぼ同じ時間にラインとかSNSが次々、入って来た。心配かけてすいません。ツイッターでも皆さんに毎日応援してもらっているのだけど、外出制限といっても、それほど深刻なことはないし、制限もびっくりするくらい緩やかだ。むしろ、生活は規則正しくできているし、食べ物もある。今は、仕方ない措置だと思う。PCR検査で陽性反応が出た人が7700人(うち入院が2579人)、死者175人という状況だ。感染症としっかりと向き合うことが今は大事だな、と思って、息子と二人毎日、家族健康会議を開催している。

滞仏日記「日本人の人情の深さに、本当に、ウルッとした日」



息子曰く、しかしね、パパ、ゆっくりとピークを後ろにずらすにはこれしかないんだ、と今日も辻家の健康大臣が言った。
「医者も病床も足りない。二週間から一月、この外出制限を続ければ医療体制の崩壊を招かないで維持できる。余裕を作るための措置だから、あとはフランス人がそれを理解し従えば、いい方向に向かうはずだから」
まるで政権の人間のようなことを言った。たしかに、マクロン大統領以下、首相のエドワードも、健康相のオリビエも、若い。40代の政権だけど、毎日、国民に向けて、まるで熱血先生みたいに一生懸命力説している。メモをみないで質問にも答え、頭がいい人たちだというのがわかる。ぼくのような前期高齢者が偉そうな説教をするより、ガッツのある連中に任せておいてもいいのかも。ここまで広がると、止めることはできない。なくなることもないのだけど、感染の山を小さくすることで医療崩壊を食い止められる。これがベストな道だとぼくも思う。イタリアは感染者数が3万人を超えた。もっと険しい道を歩んでいるけど、なんとか乗り越えてほしい。

同じ屋根の下で息子と暮らしているのだが、日に日に、彼は知識が豊富になっていく。今日は一緒にグリーンピースのスープを作りながら、ぼくらはいろいろ議論をした。彼は感染症についてよく勉強をしている。16歳の子供の頭の中にあるこの星のビジョンを60歳のぼくは頼もしく訊いている。もちろん、甘さや若さもあるけれど、経験だけでは突破できないものを若い人たちは持っているような気がする。

昨日の日記で「フランス人のずぼらな気質が結局、このウイルスを防ぐ妨げになっている。出るな、と言ってるのに外に出る人が後を絶たないのはラテンの血のせいだ」と書いた。今日、テレビを見ていたら、おんなじことを感染症の専門家が言っていた。彼がとっても面白いことを言った。
「日本人のように、出るな、と言われたら、みんなで出ない国民だと感染をおさえていくことができるんだ。ぼくらも彼らを真似てここは二週間辛抱してみようじゃないか」
そういう日本人ばかりじゃないとは思うが、それでも統率力はあるし、超真面目だと思う。

※ 「日記を一度アップした後に、思い出したことがあり、追記」フランス・アンテールによると、「看護師たちは医療現場は戦争状態にあると、告発している。重症者が次々に運ばれているのに、出歩く人が多いことを嘆いている」と、病院からマスクが大量に盗まれたりもしている。国民が一丸にならないとこのコロナ戦争には勝てない。そこを理解した国が感染を食い止められると、ぼくは思った。

それから、ぼくらの議論は、日本のオリンピック問題へと移った。これから世界各国で順番に感染が広がっていくので、どこの政府も医療体制の崩壊をずらさせないとならない。必ず、フランスのように、後ろへ後ろへピークをずらそうとしてくる。(イギリスは別)だから、サッカーの欧州選手権も、全仏テニスも延期になった。やりたくても、その時、参加できる国が少なければどうしようもない。(EUの国々の参加は各国ピークを遅らせるために封鎖しているので難しいのじゃないか。何もしないと決めたイギリスはもっと厳しい)真夏に、いったい何か国が参加できる状況にあるだろう。日本が大丈夫でも、一国で出来ないのがオリンピックだから…。しかも、次に心配なのはアメリカだ。アメリカももはや感染をとめることはできない。(アメリカはこれから感染者が増え、ピークをおさえたとして、まさに夏がピークになる可能性もある)医療制度の問題だけじゃなく、これは避けられない感染のシステムだと思う。会場の問題など、オリンピックの延期が簡単ではないことも知っているが、中止にしないように早く手を打って、延期に持っていけるのであれば、経済効果の期待感も後ろへずらせるのだから、その方がいい。世界各国の感染のピークが少しずつ後ろへとずれこんでいくのと同時に、オリンピックもそこに合わせられれば…。ここで無理に開催をして、経済効果が得られない場合、日本は全部を失うことになる。簡単に言うと、ぼくは息子とこういう話しをしたのだった。

滞仏日記「日本人の人情の深さに、本当に、ウルッとした日」



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