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滞仏日記「持病を持って生きる不安もあるが、だからこそ今を生きることが尊い」 Posted on 2024/01/27 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、昨日もふらっとした。
眩暈というよりも、方向のバランスを一瞬見失うような感覚で、一時期よりはましになったものの、ひどい時は急降下なのである。
先日、トイレで意識を失ってから(お恥ずかしい話、立ち上がった時に・・・)、結構、用心をするようになった。
でも、精密検査をしても、数値はいつもいいので、お医者さんも原因がわからず。
ただ、ふらふらしたときに、ステロイド剤を飲むと、治るので、突発性難聴が疑われる、ということになっている。
平常時であれば、倒れる瞬間、来るな、というのはわかるので、用心が可能なのだが、寝起きの時に来ると、激しい貧血のような感じになって、瞬く間に、力が抜けてしまう。
神経というか意識の糸が切れる感じで、力が一瞬でゼロになり、倒れる。もっとも、意識は残っているので、ある程度の防御はできる。
ライブとか、自動車の運転でそういうことが起こったことはない。
座っていて起き上がる、とか、寝ていて起き上がる、時に、症状が出る。なので、貧血かもしれない、というお医者さんもいた。
とにかく、血の検査をしても、CTをとっても、どこにも異常がないのだから、手の施しようがない。
なので、方向感覚が危うい時はすぐに「プレドニン」を服用している。
そうすると、問題はおきない。
ただ、一人の時が多いので、不安がないか、というとウソになる。

滞仏日記「持病を持って生きる不安もあるが、だからこそ今を生きることが尊い」



パリにいる時は事務所のスタッフや、管理人さん、周辺に友だちがいるので、助けに来てもらえるのだけれど、田舎の家の場合が、SOSを送る人間が限られてくるので、今はいいけれど、数年先はどうなるのだろう、と考えたりすると、ううう、不安だ。
映画「PARIS・TOKYO・PAYSAGE」に郵便配達人役で登場してくださった友人のミーシャが、孤独死した。
弟のチュック(彼がもともとの友人)が、連絡がとれないので、管理人さんに連絡をいれ、部屋を見に行ってもらったら、廊下で倒れて亡くなっていた、というのだ。
ミーシャはパリ在住の優しい大学教授だった。
あの映画はぼくのパリの自宅で撮影をしたので、(ぼくと坂井真紀さんが共演した作品なのである、あはは。父ちゃんの芝居、やばいので、もう上映はしない)、ミーシャは撮影の合間、ぼくの家のソファに座って、みんなに冗談をとばしていた。
後始末のため、チュックがパリに来るというので連絡を受け、そのことを知ったのだ。冥福を祈りたい。
でも、他人事とは思えないこともある。ミーシャはぼくよりも少し年上だったが、独り者だった。そばに誰もいなかったので、死んだ時、すぐに発見されなかった。
長年、秘書をつとめてくださった菅間理恵子さんも、一人暮らしで、同じように連絡がつかなくなって、親族が訪ねて、廊下で倒れている彼女を発見した。
ぼくが倒れた時、打ち所が悪ければ、そうなる可能性もある。自分でコントロールできないので、机の角に頭を打つか、とか・・・。

滞仏日記「持病を持って生きる不安もあるが、だからこそ今を生きることが尊い」



10年前、東京国際映画祭に別の作品がコンペに選ばれ、パリから東京に出向いたその夜、夜中に、たぶん、トイレに起きようとしたのだろうが、(そこの記憶がない)、頭から床に激突して目が覚めた。唇が割れ、左頬まで十数針を縫う大けがをした。
六本木ヒルズクリニックに自力で行き、縫ってもらったが、頭部の静脈が切れて、ゆっくりと血がたまったのである。
その血が脳を圧迫し、3か月後、麻痺が出て、緊急手術を受けることになった。
急性硬膜下血種、と診断された。頭にドリルで穴をあけ、血を抜いて、一週間入院、包帯を巻いたまま、大学の授業をしに京都まで行き、生徒たちを驚かせてしまった。あれから、10年、毎年、頭部のCTを取り続けているが、問題はない。
ついでに、倒れた原因もわからずじまいだ。
疑われているのは、突発性難聴、ということになる。
なので、プレドニン、は離せない薬となった。(これは、のどの薬でもあるから、耳鼻科でも出してもらっている。服用しすぎると顔がはれる強薬なので要注意)

滞仏日記「持病を持って生きる不安もあるが、だからこそ今を生きることが尊い」

※ 集英社の人が目の前で、積んだ、と新聞社の友人が教えてくれました。そんなことあるんですね。

滞仏日記「持病を持って生きる不安もあるが、だからこそ今を生きることが尊い」



今朝、ちょっと、バランス感覚がおぼつかない一瞬があったので、すぐにプレドニンを飲んだ。
ここで、倒れたら、三四郎を餓死させてしまうので、それが今の自分を、警戒させ、励ます力になっている。
健康だけれど、見えない不安とのあやふやな線の上を歩いているような感覚だ。
パリに戻る準備をしていると、集英社文庫編集部の栗原さんから「十年後の恋」の増刷が決まった、という知らせを受けた。
ちょうど、同じ瞬間、ラインを通じて、東京の友人たちから、書店に積んである「十年後の恋」の写真がぞくぞく届いた。グッドタイミング。
ぶっ倒れる小説家って、なんとなく、作家のイメージ通りなんだけれど、シャレにならない。まさに、十年後、とか、どうしたらいいのだろう、と思うと、ちょっと考えてしまう。
いつまでも、友人やスタッフの人に頼ることもできないし、でも、大なり小なり、生きている者はみんななにがしかの不安を抱えているものだ。
余計な不安を考えても、どうにもならないので、今日は重版を素直に喜んで明日に備えて、寝ることにする。

滞仏日記「持病を持って生きる不安もあるが、だからこそ今を生きることが尊い」



滞仏日記「持病を持って生きる不安もあるが、だからこそ今を生きることが尊い」

つづく。

本格的に倒れるのは10年に一度の確率なのでご安心ください。でも、その時は、そうとう、鋭角につっこむので、いつもあらゆる事態を想定しながら、生きているか弱き父ちゃんなのであります。力があるのに、それが一瞬で消えてゼロになる瞬間、真空を感じますよ。それが、死なのかもしれませんね。
さて、
さて、今年の父ちゃんのスケジュールのお知らせです。
●小説「十年後の恋」集英社文庫版が1月19日全国発売。
●小説「東京デシベル」がイタリア、Rizzoli社から刊行されました。
●2月28日から、新宿伊勢丹のアートギャラリーで個展(詳しくまたご報告します)
●3月3日、両国国技館、ギタージャンボリー出演。(検索ください)
●3月6日、ツジビル・ライブ(SOLD OUT)
●4月19日、ロンドン、ライブ。詳細はこちらから☟

https://www.eventbrite.co.uk/e/2gz-tsuji-and-hide-live-japanese-music-in-london-tickets-790578039197?aff=oddtdtcreator

●6月30日、パリ・ライブ決定(詳細、待って)
●7月3日、リヨンでライブ!!!
以上です。

滞仏日記「持病を持って生きる不安もあるが、だからこそ今を生きることが尊い」

自分流×帝京大学