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滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」 Posted on 2024/01/22 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、実に短い日本滞在であった。
空港のイミグレーションで、担当の警察官が、
「え、なんか変だな」
と言いだした。で、となりの人にぼくのパスポートを見せていた。二人がぼくをじろじろと見る。
「あの、仏語しゃべる?」
「ちょっとしゃべりますよ」
「その、あなた、男? 女?」
「は、そこに性別、書いてるでしょ?」
「そうだけど」
隣の警察官が、書いてある通りでしょ、問題ないね、と言っている。やたら時間がかかって、後ろに長蛇の列。
「でも、髪の毛、長いし」
「ぼくはね、アーティストだから。長いとダメなの? 差別?」
「いやいやいや、そんなことはないよ」
「オランピアでライブやったもん」
「そうなんだ。そうか、ロック?」
(どうでもいいでしょ、早く、通してよ)という顔をした父ちゃん。
薄ら笑いを浮かべながら、パスポートを返す警官(フランスは警官がやっている)、奪いとって、そこを離れた。
別に、慣れているので、怒っているわけじゃない。
タクシーの運転手さん、
「マダム、どこまで?」
相変わらず、フランスではマダムな父ちゃんだ。なんでだろうねー。ちゃんと人のこと見ても、わからない人もいる。それを面白がっている、父ちゃん。
「あの、荷物、お願い。重いのよ」
と言うと、運転手さん、32キロもあるトランクを抱えて、運び入れてくれた。マダムのふりをしていると、得なこともある。いひひ。
どっちでもいいから、はよ、帰りたい。
相変わらず、どんよりと暗いパリなのだった。

滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」

滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」



短い日本滞在中に、東京息子画伯夫婦といい時間を持つことができ、シマちゃんのシークレット誕生日会を開催し、韓国ドラマ「愛のあとにくるもの」の制作チームとの誤解をほどき(韓国最高の美顔パックをお土産にもらった、マダムだァ~)、ギャラリーTの完成を確認&取材を受け、個展の絵の搬入もやった、父ちゃんだった。
途中、時差ボケがひどく体調が悪くなり、いくつかの仕事がキャンセルとなった。
ちゃんとした食事もできなかったが、最後の夜、ホテルのちかくの居酒屋に顔を出すと、パリで知り合った同年代のカメラマン、茶野さんがお仲間と飲んでいて、再会&合流、旧交を温めあった。この二人、まったくの同い年なのだ。信じられますか?
「俺たちは貧乏老人カメラマンなんだよ」と茶野節がさく裂。
同じ年だけに、老人、という言葉に反応した父ちゃん。
「茶野さん、自分から、おじいさんとか言っちゃだめだよ。年齢とか、ぶっ飛ばして生きようよ」
あはは。
それにしても、この二人(二人とも写真家)迫力、あるねー。怖すぎるわ。

滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」

滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」



そんなこんなで、気が付くと、ぼくはパリの仕事場に戻っていた。
帰るタイミングにあわせて、椅子の修復士、マントさんが三四郎を連れてきた。
「さんちゃーん」
「ふんふんふん」
三四郎が興奮すると、尻尾ふって、ふんふん、うるさい。言葉にならないくらい、ぼくとの再会を喜んでくれている。この子はかわいいね。
マントさん、はじめ、スタッフへのお土産は、インスタントのフォーにした。お米のフォーだから、ぼくより10歳くらい年上のマントさんには、優しい味で、「おいしいわねー」といつも絶賛してくださる。
ベトナムの宗主国だったフランスではフォーを食べる文化があるのだ。
そして、中島君ことエリックには角の小瓶を! 日本のウイスキーでしょ!

滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」



それにしても、自分の仕事場は落ち着く。三四郎を抱きかかえ、昔、マントさんに修復していただいたクラブ椅子でくつろいだ。
さんちゃんが、パパしゃんの手の甲を舐めすぎる。
あはは、くすぐったいよー。
でも、一月後には新宿・伊勢丹の個展があるので、再び、日本なのだ。
まさに、父ちゃんは回遊魚人生なのである。自分を忙しくさせる天才なのだ。ぼーっとしていることができないので、死ぬ日の朝まで、多分、全速力で生き切ってやる。
まだ、俺はじいさんじゃない!!! ばあさんでもない!!!
東京の息子画伯夫婦とあったことをパリの息子君に報告したら、「いいね」マークと、パスタの写真が届いた。
レベル凄いね、とメッセージを送ると、
「近いうちに、食べさせたいから、作りに行くよ」
だってさ。
愛されているよねー。
この年で、愛を、たくさん、貰えて、ちょっとだけ、幸せな年の取り方をしてきたな、とマダムと呼ばれる父ちゃんは、ほくそ笑むのだった。
えへへ。
ただいまー。

滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」

※ カルボナーラ、らしい。

滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」

※ 豚肉とソーセージのパスタ、らしい。

滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
今日と明日は三四郎とまったり、過ごして、明後日から、再び、回遊魚活動に戻りますね。皆さんも、寒いから体調管理気を付けてくださいませ。
さて、今年の父ちゃんのスケジュールのお知らせです。
●小説「十年後の恋」集英社文庫版が1月19日全国発売。
●小説「東京デシベル」がイタリア、Rizzoli社から刊行されました。
●2月28日から、新宿伊勢丹のアートギャラリーで個展
●3月3日、両国国技館、ギタージャンボリー出演。(検索ください)
●3月6日、ツジビル・ライブ(SOLD OUT)
●4月19日、ロンドン、ライブ。詳細はこちらから☟

https://www.eventbrite.co.uk/e/2gz-tsuji-and-hide-live-japanese-music-in-london-tickets-790578039197?aff=oddtdtcreator

●6月30日、パリ・ライブ決定(詳細、待って)
●7月3日、リヨンでライブ!!!
以上です。

滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」

※ 本館6階の方のギャラリーです。もう一つあるらしいから気を付けてください。

滞仏日記「パリに舞い戻ったとたん、入国審査で性別を怪しまれ、マダムと呼ばれるの巻」

自分流×帝京大学