JINSEI STORIES
滞仏日記「イタリア全土の封鎖が本格化。外出まで制限」 Posted on 2020/03/12 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、「WHOが今日あたりパンデミック宣言を出すかも」と書いた通りのことになったので、WHOに関するぼくの意見は昨日の日記に譲る。責任のある国際機関として、頑張ってもらいたいけど、…期待はできないね。で、こちらでこのWHOの「パンデミック表明」がどういう話題になっているかというと、「今日から正式にパンデミックになったらしい」ということを誰かがちょっと触れた程度、今更感が半端ないのであろう。どこのニュースチャンネルもあまり報じてない。それよりメディアがこぞって報じているのはイタリアの情勢だ。届けられる映像は衝撃的で誰も歩いていない、まるで武漢のようだ。明日からさらに制限が厳しくなるのだそうで、イタリア全土で、レストランとかバー、ブティックなどの商店が全部閉まる…。外出までも制限されているようだ。街をうろうろしてはいけない。ショッピングも出来ない。イタリアの友人に確認をしたところ、宅配は許可、犬の散歩も出来るらしい。ただし、犬に付き添うのは一人と限られている。外出には自己申告書が必要。食料品屋と薬局は開いている。会社への出社に関しては会社によるが、基本は出社せず、テレワークするよう指導されている。銀行と郵便局と病院は開いているらしい。外出が許可されるのは、どうしても行かなければならない仕事、食料品を買いだしに出る時、病院に行く時など、理由が明確にある場合に限られるそうだ。
フランスでも明日からイタリアに近い、コルシカ島全域で学校閉鎖が決定した。信じられない事態になった。
息子の通う学校では出ていないが同じ区内の学校で感染者が出ている。国会でも数人の感染者が出て重症化している議員もいる。文化相も感染者の一人だ。パリ市内各所でこういうことが起きている。とても他人事とは思えなくなってきた。行きつけのカフェの店主、ジャンフランソワが、通りの反対側から、
「ツジ、大変なことになった。客足が遠のいて、がらがらなんだ!」
と叫んだ。
スーパーの店主、オディールが、
「大変よ、もうパニックが迫ってる。イタリアみたいになるのよ、そのうちここも」
と暗い顔で告げた。
骨董屋のディディエは
「消毒液は気を付けて買え。水で薄めているのが売られている。いつ入荷するかまず電話で聞いて、その朝に薬局に行くように」
と教えてくれた。みんな珍しく興奮気味なのである。そして、マスクさえ普段しない彼らが急に迫って来た現実に怯えていた。
つい、一週間前、近所のフランス人たちはどこか他人事のようだったが、国会で感染者が増えていく様子はやはりショックなのであろう。感染者数が2200人を超えた。昨日の日記に書いた通り、WHOのパンデミック宣言が早ければ、と悔やまれてならない。
今日は息子が3人の友人を連れてきて、自分の部屋で音楽の練習をした。ぼくは子供部屋に消毒液を持って行き、彼ら全員に消毒をさせた。ついでに、石鹸での手洗いの方法などを教えた。息子が、パパ、知っているよ、と迷惑そうな顔をした。「いや、でも大事なことだ。指と指の間までもしっかり洗わないとならないんだ、わかったね」とぼくが言うと、トマが、はい、と返事をした。イヴァンも、ロマンも、頷いていた。この子たちの学校で感染者が出る可能性も十分にある。それは遠い世界の出来事ではなくなっている。
夜、息子のために好物のミートソースのスパゲティを作ってやった。美味しいね、と息子が言った。ぼくが口を酸っぱく、ウイルスに対する予防について語ると、息子がぼくの話しを遮り、事細かくウイルスの感染、フランスで予想される今後の展開、その対処の仕方などについて語りだした。それはDSで書いてきたこととだいたい同じ内容であった。ちょっと安心をした。息子はもしもの場合、ぼくが慌てないように、感染に関する用語とその使い方を教えてくれた。こういう時はこういう風に言うんだよ、とまるで先生のように。そして、最後に彼はパスタを頬張りながら、
「もしもパパが感染した時はぼくがパパを隔離するから安心して。ぼくが救急を呼ぶから。ちゃんとぼくに従うように」
と言った。