JINSEI STORIES
滞仏日記「事務所で忘年会、ゴージャスな料理がずらり並んだ。料理人ばかりだから」 Posted on 2023/12/20 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日は在仏日本人会仲間たち(とくにシェフたち)との忘年会であった。
お子さんのいるご夫婦がいたりするので、夜ではなく、昼の忘年会となった。
で、一人で料理をするのが大変なので、シェフは交代制となった。みんな、シェフだし。
つまり、友だちの集まりなので、仕事関係ではないから、お招き、というのではなく、場所を貸すから料理は自分たちでやろうよ、という仕組みの会なのであった。
持ち寄り、ということである。
こういう時に、事務所は便利である。
三四郎は人がたくさんやってきたので興奮気味であった。
ぜったい、誰かが何かくれる、または、何か落とす、と思って、狙っていた。
なので、何かくれそうな人のところに行って、すりすり、やるのである。
でも、やはり、一番気になるのがこの男、パリのうどん屋のおやじ、呑もちゃん(野本氏)なのであった~。☜やっぱり、おった。こういう集まりには必ずおる。
※お隣の美人が、野本さんのおくさまの、ますみさん。
奥さんのますみさんと呑もちゃんの真ん中に飛び込んで、ウハウハし続ける三四郎だが、
「ぜったい、何もあげちゃだめですよ。最近、太りすぎだから」
とくぎを刺しておいた父ちゃん。
だれも何もくれないので、変だなァ、いつもくれるのに、という顔で野本氏の顔を見上げる三四郎。
仕事をしている時は、真面目でちっとも面白くない野本だが、宴会になると、とたんに本領発揮となる、さすがである。
「あれ、ほら、だから、あー、あー、こんど、だから、ええと、あーあー」
相変わらず、次の言葉が出てこない。(これ、ほんとなんです!)
日記でたびたびぼくが書くこともあって、参加者一同、「ほんまや、話がぜんぜん進まないですね」とか、「何おっしゃってるかぜんぜん分からないですね」と相槌を打っている。
相槌の言葉が、あー、とか、ほれ、とかのあいだから聞こえてくるので、みんな噴き出してしまう。
しまいに、自分が言いたいことを周囲の人にすべて先回りされて言われてしまい、あー、ええと、そうやね、で、話が終わった。
話し終わるのを待っていた三四郎が、呑もちゃんの膝に飛び乗ったので、自分の言いたいことが言えないものだから、三四郎に何か言おうとして、ついに、こういう状態になった!
マジで、三四郎はどうしていいのかわからない。
野本もどうしていいか、わからない。数秒の間、三四郎にとっては悪夢であーる!
何かもらえると思って、野本氏の顔に顔を近づけたら、パクっと食べられてしまったのだから、犬食い、というのはこういうことか、とみんな、笑った。
※三四郎は、尻尾を振りだした。
リヨン駅前にAux 2 Saveursというフレンチ・レストランをやっているしん君が、(ここは肉料理が本当においしくて、名だたるビストロを渡り歩いたシェフだけあって)ステーキを焼いてくれた。
これがマジ、うまかった。
でも、この人も野本に負けず変な男で、ぼくのギターとか普通、恐れ多くてかつて誰も触れたり、まさか、弾いたりしないじゃないですか・・・。
でも、この男は、許可もとらず、勝手に持ち出してきて、長渕剛さんの曲を次々歌いだすのだった。
しかも、最近歌ってないから、調子がちょっと悪いかなァ、と言い訳しながら、しまいには、ギターを抱えて立ってライブみたいに。
長渕さんに失礼なレベルではあったが、曲がよかった。
別にいいんだけど、ここで、ぼくがギターを弾いて、さすが、うまいね、とか、言われるのも嫌なので、笑って堪えたが、昨日、弦をかえたばかりで、正直、楽器って、デリケートなものだから、たとえば、高名なバイオリニストの家に行き、たとえば、千住真理子さんとかのバイオリンを、いくら友だちだからといって、彼女の前で勝手に弾く人いるだろうか?
しかも、ストラップのかけ方が、おかしい。
肩にひっかけているだけ、いいけど、落ちないか、ハラハラしていた。ぼくの使っているギターは今や生産されてない貴重な楽器なのだ。ううう。
「辻さん、ストラップって、これでいいんですかね」
1メートル90センチほどある大男で、ギターがウクレレにしか見えない。
「いいとか、悪いとかっていうと、そのかけ方は、違うと思います」
と優しい父ちゃんはこたえておいた。
弦を張り替えたばかりの状態なので、できれば弾いてほしくないのだ。
いいギターはデリケートなので、へんな癖をつけてほしくないのだけれど、そういうこと、わからない男なのだ。
仕方ないので、席を立ち、ぼくがパスタを作っていると、カメラマンのお馴染み小田光が今度は、じゃんじゃん弾きだした。自慢大会みたいになっている。
ギターがかわいそうになって、キッチンで泣いた。
パスタを彼らの前に置いて、ギターを片付けようとしていると、その一瞬のすきをついて、の、野本がギターを奪ってしまった。ああああ、最悪じゃん。
弾くな、とか言えないので、じっと我慢をしていたら、いい感じで酔って、大騒ぎをしていた野本が、ほな、あれや、ほら、あれ、と言いながら、井上陽水さんの、「傘がない」を歌いだしたのだった。
「都会では~(いきなり暗い)、自殺する~わかものが~、増えている~(めっちゃ暗いし、音程が・・・。でも、曲がよかった)」
そこで、コードがわからなくなって、
ぼくの顔をじっと見て、
「ひとなり、あー、あれ、ほら、これ、次の、コード、なに?」
つづく。
今日も読んでくれてありがとうございます。
ということで、大変な忘年会になりました。忘年会の起源はよくわかってないようですが、鎌倉時代に貴族の人たちが和歌を詠みあったのがはじまりと言われていますね。今のような宴会形式になるのは江戸後期から明治時代くらいだそうで、騒いで一年の労をねぎらいだしたのだとか、労をねぎらうわけですから、よかったのかな、と思いました。野本さん、皆さん、来年もよろしくお願いいたします。