JINSEI STORIES

退屈日記「忠犬とパリの怪人、冬のノートルダム寺院からサンルイ島まで散策する」 Posted on 2023/12/13 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、小説家であることをすっかり忘れてしまった父ちゃん。
書きかけで中断しているノートルダム寺院を舞台にした小説の再取材のために、愛犬三四郎とサンルイ島、シテ島、あたりを散策した。
クリスマスが近づいており、街角の飾り付けが美しい。
ぼくはヨージヤマモトの黒いロングコートを着て、ハットをかぶっている。ロン毛で、小脇に胴長短足の三四郎がいる、といういで立ちなのである。
これは実に目立つ。
しかも、三四郎もおしゃれなトレンチコートを着ているのだ。笑。
目立つ目立つ。
自分で自分を見ることはできないけれど、たぶん、怪しいアジア人と気取ったミニチュアダックスフントでしかない。
でも、好きなかっこうで歩いて何が悪い。
このお気に入りのヨージヤマモトは地面に引きずるくらいに裾が長いのである。
だぼだぼのオーバーサイズなコートだが、マントみたいで気に入っている。
どんどん、怪しい存在になっていく。もう失うものもない。
でも、カフェなどに入ると、見た目が変なので、ただものではない、と思われるのか、犬が一緒だからか、わりといい席に案内される。
片言の仏語で、エスプレッソ、と注文をしておく。
パリらしい静かな時間が流れていく。いい時間だ。

退屈日記「忠犬とパリの怪人、冬のノートルダム寺院からサンルイ島まで散策する」

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退屈日記「忠犬とパリの怪人、冬のノートルダム寺院からサンルイ島まで散策する」



退屈日記「忠犬とパリの怪人、冬のノートルダム寺院からサンルイ島まで散策する」

三四郎と二人でサンルイ橋のたもとにたたずんで夕焼けなどを見ていたら、写真を撮影していいですが、という学生写真家に声をかけられたので、どうぞ、とポーズをとってやった。
美術学校の生徒さんなのだという。
これでステッキを持っていたら、もっといい感じに違いないが、ステッキは持たない主義なのだ。ああいうものはファッションでもってはならない。足腰が弱くなる。
とまれ、明治の人と忠犬ハチ公みたいなコンビは、行きかう通行人の目を引いた。
古いパリの歴史の中に、自分たちが、溶け込んでいく感じ、悪くないのだ。
セーヌ川河畔のケ通りを歩いて、散歩を続けた。
三四郎は、てくてく、とぼくの横を歩いている。
ぼくが立ち止まると、彼も立ち止まり、ぼくらは黄昏る。
犬を連れてあるく、日本の小説家、なのである。
アマモのが食べたくなった。
はじめてのカフェに再び入り、テラス席に陣取り、ティラミスを注文した。
実に、パリ的な時間なのである。ぼくはただ、じっと、世界を見つめている。
三四郎はぼくの足元で、座って、やはり通りを眺めている。
おいしいティラミスを食べたら、暗くなる前に、家路につこう。
ティラミスを食べていたら、暗くなってしまった。三四郎のごはんの時間が迫ってきた。
お金をテーブルの上に置いて、ぼくらは立ち上がった。
こういうパリのなんでもない時間が好きなのだ。

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つづく

今日も読んでくれてありがとうございます。
よい夜を皆さん、お過ごしください。

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