JINSEI STORIES
滞仏日記「ラーメンだけじゃない、パリで大人気、日本の庶民の味」 Posted on 2020/03/09 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日はぼくの友人のうどん屋さんで小さな集まりがあって、普段、お会いすることもないパリ在住の日本人の人たちに会った。そのうどん屋はオペラ地区という、かつては日本人街と言われていた場所にある。ぼくがパリで暮らしだした18年前は駐在の人も含めて多くの日本人が集まる場所だったが、もちろん今でも日本食屋さんは数多くあるのだけど、日本人が経営していてもお客さんはほとんどがフランス人ばかりで、在仏日本人は見かけなくなった。
18年前はパリの空港から市内に入るまでの国道の両脇には日本企業の看板がずらり聳えていたが、時が流れ今はずいぶんと減った。それでも日本の食べ物は人気で、フランス人がうどんを食べるようになったのもこのオペラにある国虎がその火付け役となった。足で踏んづけて作る昔ながらの手法、腰のあるごんぶとのうどんはフランス人に大人気、昼時ともなると大行列になる。店主が高知出身で、今やオペラ地区の古株の一人だ。日本人いなくなったね、とぼくらは顔を合わせると言い合う。
行列が嫌いだったフランス人に行列することを教えたのはパリの和食屋じゃないかと思う。特にラーメン屋はどこも大人気で、物凄い行列が出来る。日本人はいなくなったけど、日本の味は市民権を得て、フランス人の中にしっかりと根付いている。今のフランス人は中華料理のラーメンと日本のラーメンの区別が出来る。とんこつラーメン、味噌ラーメン、塩ラーメンの違いもわかる。お箸の使い方も上手だ。うどん屋でフォークを頼む人もいなくなった。みんな一味とか黒七味なんかを選んでかけて食べている。微笑ましい。
ちなみにオペラ地で最近人気なのはおにぎりだ。お寿司とおにぎりが違うこともフランス人は知っている。パリのおにぎりは結構高い。野田岩さんのうなぎも昔から人気である。もともとフランス人は鰻を食べるのでじわじわと人気が出た。国虎にもあるけれど、カツカレーの人気も高い。たこ焼き屋も、なんでこんなに人が入るのだろうというくらいに人が集まる。そうそうから揚げ人気は相当なもので、手羽先屋が何でパリにはないのだ、と怒るフランス人までいる。漫画の影響だろうけど、日本のコンビニやスーパーのお惣菜屋さんで売ってるようなものはだいたい手に入る。十字屋とか京子食品などの和食材専門店が何軒かあり、お惣菜屋も充実している。メロンパンは超人気で、あんぱんなどの日本の菓子パンもだいたい手に入る。ようかんとか和菓子も美味い。そういえば、とらや屋さんもオペラ地区にある。ちゃんと暖簾が出ていて、日本と同じで昔風に「やらと」と印刷されている。「パパ、やらとって何?」と息子に聞かれ答えに窮したことがある。それにしても、どこもかしこもお客さんはみんなフランス人である。日本の庶民の味は今やフランス人にとっては馴染みの味となった。嬉しいことだ。日本の味が一万キロも離れたパリの人たちにこんなに愛されて鼻が高い。一万キロ離れたパリで高知のうどんが食べられるのも有難い。ああ、腹が減った。日本人でよかった。