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滞仏日記「どう?と連絡すると、うん、と戻って来る。やまびこでしょうか?いいえ息子です」 Posted on 2023/11/07 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、息子が、新しい大学に編入してから、2か月が過ぎた。
音沙汰はないが、なぜか、自分で作ったご飯の写真だけはやたら、届くから、不思議だ。
想像するに、これは父ちゃんにだけ送っているものではないのじゃないか。
仲間たち全員に送ったあと、ついでに、父ちゃんにも送り付けているのではないか。
そうじゃないかな、と推測するだけで、証拠は何もない。
とりあえず、今週は3枚届いたが、面妖なのは、撮影場所がキッチンではなく、通りに面した窓辺だからである。
そこが、撮影に適している場所だということを父ちゃんは知っている。
父ちゃんに自慢したいだけならば、フライパンの状態で撮影して、送ってくるはず。作家的、推測であーる。
わざわざ、綺麗に盛り付け、光のある場所で撮影するからには、複数の人間に見せている可能性がある。大いにあるなぁ。
ま、それはそれでいいとして、親として、学費や生活費を払っていればいいというものではない。
自炊をして、ちゃんと生きているのは素晴らしいが、大学生活はどうなのか、その辺のことをもう少し、知る必要がある。
ともかく、息子の大学生活は謎に満ちている。
ガールフレンドがいるのかどうかも、父ちゃんは知らない。
どこへ向かっているのかも、なーんも、わからない。
心配なのであーる。

滞仏日記「どう?と連絡すると、うん、と戻って来る。やまびこでしょうか?いいえ息子です」

※ なんのコメントもなかったが、見るからに、納豆チャーハンのようであーる。美味そうですね。



ちなみに、10月25日に、ぼくは息子に
「大丈夫? お金足りてる?」
とワッツアップ(ラインみたいなもの)でメッセージを送っている。
「大丈夫」
と翌日、戻ってきた。
そのあと、31日に、大丈夫か、とぼくは、再度、メッセージを送付している。
「うん、大丈夫」
と返事、あり。
で、昨日も、大丈夫か、と入れたら、
「大丈夫」
と戻ってきた。あはは。
ここで、年頃の男の子がいう「大丈夫」を親がどう受け止めていいのか、ちょっと考察してみる必要がある。
おっと、この大丈夫の返事の合間に、例の自分で作った料理の写真が届いている。大丈夫の、翌日とかに、1枚ずつ・・・。
ということから考察するに、「ぼくは大丈夫だよ、ほら、こんなに美味しそうなご飯もちゃんと作って食べているのだからね」みたいなことなのであろう。
新しい大学はまだはじまって、2か月だから、そこが適した学校か、どうか、彼はまだ判断できない。
去年の今ごろ、彼はすでに、前の大学をやめる気持ちに傾いていたのだ。その頃も、ぼくに「大丈夫」というメッセージを送って来ていた。
しかし、結果から言うと、大丈夫ではなかった。
悪くない大学なのに、そこをやめて、別の大学を受け直すことを勝手に決めて、受験の直前に、それを匂わせるようなことを言っただけ。
もちろん、ぼくに迷惑をかけないで、新しい大学に合格し、自力で道を変えたのだし、かかったお金も受験費用の3万円程度だったから、まぁ、文句も言えない。(フランスの国立は授業料がタダなのである)
そもそも、息子の「大丈夫」はそうじゃない場合が多い、ということだ。
なので、大丈夫という彼の言葉と料理の写真だけでは、本当に大丈夫なのか、疑わしい、というのが、親である父ちゃんの本音なのであーる。

滞仏日記「どう?と連絡すると、うん、と戻って来る。やまびこでしょうか?いいえ息子です」

※いやぁ、これはやばい。この火の入り方が抜群なのであります。じつに美味そうな火加減で、ロゼ、ですねぇ。



2人きりで生きて10年になる。
もちろん、親戚やママ友たちが「母親代わり」を買って出てくれるのはめっちゃありがたいわけだが、本当の母親ではないので、その不在が彼にどういう影響を与えているのか、いたのか、そこの部分は、ぼくにはわからない。
そこだけ穴凹があいたような、空洞にも似た時間が過ぎて、今日に至っている。
親なので、会いたくないことはないと思うが、心理状態だけはいまだに、わからない。母という単語は、ぼくらのあいだで長年、タブーになっている。
片親として、いつか、息子の内心を確かめて、心に傷があるなら、癒してあげたいと思うのだけれど、ぼくの心にも穴が開いているので、なかなか、そのことを含め、話し合うことが出来ずに、長い時間だけが、流れてしまった。
ぼくはおしゃべりだけれど、息子の前では無口になってしまう。
「大丈夫か?」
こう聞き続けてきた10年であった。
「うん、大丈夫」
この子も、19歳になった。あと、2か月で20歳になる。

滞仏日記「どう?と連絡すると、うん、と戻って来る。やまびこでしょうか?いいえ息子です」

※こちらは、味噌クリームのパスタなのだとか・・・。いろいろと考えています。



それでも、ぼくと息子の関係は、いまだかつてないほど堅固になった。
彼はぼくに反発をしつつも、成長を続け、ロン毛で頼りないぼくだが、シングルファザーをしっかりとやり続けてきた。
ぼくがオランピア劇場に立った日、息子のぼくを見る目が変化した。きっと、息子の仲間たちが盛り上がってくれたおかげであろう。
ぼくは息子の友だちたちとも今はとっても仲がいい。とくに音楽の仲間たちとは、いい関係で、繋がることが出来ている。
そのことで、息子は、ぼくをやっと認めてくれるようになったのかもしれない。
「ロンドンのライブ、行きたい」
と息子は言ったが、会場の変更などもあり、けっこう大変な状況だったので、次の時にしようね、と断った。
来年、フランスで小さなツアーが出来る場合、同行させてもいいかな、と思っている。
ぼくが生きているあいだ、その背中を、つまり、父ちゃんの熱血を、見せ続けてやりたいのだ。
だから、安心はしているのだけれど、二人きりなので、もう少し、顔を見せてくれればいいのになぁ、とも思うこともある。
「今日、ご飯喰いに来ないか?」
思い切って、さっき、メールをいれてみた。
本当に、大丈夫なのか、ひざを突き合わせて、彼の話を聞いてやらなければならない。
それが親の大切な仕事なのである。
いくつになっても、ぼくは死ぬまで、あの子の父親なのだから・・・。

滞仏日記「どう?と連絡すると、うん、と戻って来る。やまびこでしょうか?いいえ息子です」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
今、息子から、「うん」という返事が戻ってきました。あはは。ということで、夕飯は一緒に食べることになるのかな、と思います。もし、来たら、絵の梱包の手伝いなどもさせたいと思うのであります。
さて、お知らせですよ。
「パリごはん2023SP」再放送について、NHKホームページに情報が上がりました。
https://www.nhk.jp/p/ts/6XW8NZ748V/episode/te/GJLWG4Q2QY/
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「ボンジュール!辻仁成のパリごはん2023SP」
【BSP/4K】11月11日(土)後10:30~11:59
※初回放送 2023年9月16日
※BSP・4K同時
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あと、一曲目の「レイン」という曲が今、父ちゃん的に、一番歌っていて楽しいです。雨の中でも、晴れ間を見上げて。
「レイン」は、こちらのURLをクリックしてみてください。ライブ映像がタダでみれますよ。
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https://youtu.be/YIi9N-6kt5g?si=l3SPg4Wt-jpOqToS

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