JINSEI STORIES
滞仏日記、2「京都から友人父子がやって来て、ぼくは息子と仲直り」 Posted on 2020/02/26 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、今日、竜谷大教授のシルバン・カルドネル氏が息子のフェリックス君(14歳)とパリに遊びに来た。ぼくの長年の友人であり、ぼくの作品の翻訳者でもある。フェリックスは京都にあるフランス高校(リセ)に通っている。お母さんは京都の人なので、彼が喋る京都弁はかなり色っぽい。笑。うちの子はパリで生まれた日本人で、フランス語がネイティブ。フェリックスは京都で生まれたフランス人で京都弁がネイティブ。そういうことで、うちの子とフェリックスは仲がいい。お互いの境遇が正反対で似ているからであろう。「比叡」というサッカークラブに所属しているところも、うちの子がパリ市のバレーボールクラブに所属しているのと似ている。彼の夢は日本でフィジカルの学位をとることだ。
「パリの空港で呼び止められりしなかった?」
と質問をしたが、フェリックスが、ノーチェックだったよ、と言った。
「京都はどうなの?」とぼくが質問をすると、「外国人観光客がいなくなって、とっても静かだよ」とシルバンが言った。「コロナはどうなの?」と訊いた。
「メディアが騒ぎ過ぎだよ。必要以上にみんな心配してる気がする。いつものことだから、ぼくは楽観的に構えてるけど」
とフランス人らしいシルバンの持論であった。ぼくは正直、賛同できなかった。
ここに喧嘩中の息子が参加した。「最近、どう?」とシルバンが切り出すと、ぼくを敵対視する息子が高校生ブランドのことを二人に訴えはじめた。ぼくがフランス語が苦手だと分かった上での、まくしたてるような訴えである。やれやれ。一つだけ、昨日の日記で大事なことを省いていたが、彼らが決めたブランドの名前とマークにもちょっと気になることがあった。彼らは遺伝子のらせん構造をマークに使用していた。しかも、そのネーミングが今の時代に不必要なエスプリが効かされたもので周囲に誤解を与えかねないものでもあった。面白いネーミングだと一月前には思ったのだけど、ここ最近の世界情勢を見ると、どうかなと思いはじめた。フランス語のその単語について第三者の特にフランス人の意見を聞きたいと思っていたので、シルバンはちょうどいい裁判官となった。コロナのこととは関係ない単語だけど、ウイルス学で使われるかなりセンシティブな医学用語でもあった。いい意味にもとれるのだけど、判断が難しかった…。
「今は、やめた方がいい。タイミングがよくない」
とシルバンは僕と同じ意見であった。息子はこの一言で納得したようだった。ぼくは息子の肩を叩いた。
「パパはいつもお前のことを心配している味方なんだから、信じてくれよ」
と告げると、やっと納得したようで、息子は頷いていた。シルバンのおかげである。
「これが、今の時期でないならば、本当にすごいネーミングだと思うけど、ちょっと残念だね」
とシルバンが付け足した。
「いや、ぼくはもっといい名前を考えるチャンスだと思うよ」
と伝えておいた。何をするにも、あらゆる人々のことを考える眼差しが必要なのである。
その後、ぼくらはメイライのレストランに食事に行くことにした。
「こんな時期だけど、中華でもいい?」
「いいよ、大好き」
シルバンは屈託なく笑った。