息子が中心となって同級生らを巻き込みスタートさせたブランド企画が日々、どんどんと具体化していて驚かされた。今日はいきなり試作品を見せられてしまった。仕事をしていると息子がやって来て、トレーナーを手渡された。背中の首のところに彼らのブランドのロゴマークが入っている。前面には大きなデザイン画と英語の文章が載っていた。
「パパの意見を聞きたい、どう思う？」
まずは軽く褒めた。つまり短時間で具体化しているその行動力は素晴らしい、と。次にデザインを批判した。悪くないし、それなりに今風なのだけど、でも、ハッと驚かされる斬新さがない、と。これはきちんと話をした方がいいと思い、知り合いのフランス人がはじめた中華レストランに食事に誘ったのだ。そこでぼくらは春雨スープをすすりながら、議論を戦わせることになる。

彼らは工場を持っているわけじゃないので、トレーナーは専門の卸しで購入し、そこに自分たちのプリントを刷って、まずは仲間たちに購入してもらうのだという。今回、彼らが見つけたトレーナーは卸売りの値段で２７ユーロ(約３０００円)もする。高いけど、質の悪いものを作ったら次がないので、いつまでも着ることの出来る上質なものを探したんだ、と息子は言った。
「でも、プリントをしていくらで売るの？　学生たちにそんなお金ないでしょ？」
僕がイメージしたのは材料費に２７ユーロだとして、そこにプリント代、人件費、手数料などを上乗せし、利益を加えると、４５ユーロ以上はとらないと採算がとれない。すると息子は、
「２９ユーロで考えている」
と突拍子もないことを言い出した。
「バカじゃないの？　大赤字じゃん」
「でも、３０ユーロを越えるものを学生は買えないし、２９でも相当に高いんだよ。ただ、集まった仲間たちに達成感を与えること、質のいいものを届けて客の信頼を勝ち取ることがまず大事だし、作っても最初は２０枚とかなので、ぼくのお小遣いでやれる範囲だし、すでにこのデザインで２０人はプレオーダーを貰ってるから、赤字にはならない。パパ、何かを始める時に大事なのは利益よりも意欲なんだよ。ぼくが儲けを度外視していいものを提供したら、みんな次を期待してくれる。今集まった仲間たちにこれは空論じゃなく、実際のビジネスに持っていけるという自信を与えることも大事なんだ。いわば、これは投資なんだよ。予約してくれた人たちは仲間たちの中でも影響力のある子たちだから、彼らが次の宣伝にも協力してくれる。まず、最低限で最大限のモノを作ることが大事で、利益じゃない」
息子はフランス語で力説した。

ま、遊びの範囲なのだな、とぼくは思った。ならばそれでもいい。そこにケチをつけるつもりはない。
「だとしたら、パパのアドバイスは、２７ユーロのトレーナーに負けない１３ユーロくらいの同じものを探すことじゃないか。そうやって材料費を下げれば価格も下げられる」
「ま、そうだね」
と息子は言った。
「意欲をまず摑まえるというのは悪くない」
「でしょ、それがなく金儲けだけ考えるブランドに未来はない」
息子はノートを取り出し、ぼくに見せた。これはぼくが彼にあげたノートブックだ。最初にこの企画について聞かされた時に、ならばノートが必要になると思い、自分のために買っておいたスケッチブックを与えたのだ。アイデアをストックするノートがいる。息子がページを捲った。するとそこにびっしりとアイデアがメモされていた。へー、と思った。このくらい勉強をしたらパリで一番になれるのにな、と思わず苦笑してしまった。

春雨スープを食べながら、息子は次々にアイデアを語り始めた。荒唐無稽なものもあったが、実現させたいという意欲が溢れていた。それは素晴らしいことだと思った。ロゴマークは彼自身が最終的にデザインしたものだという。面白い。
「ヒップホップのイベントがあるので、そこで発表をして、商品をみんなに見せて、その次のプレオーダーを集めようと思っている。その時に僕が彼らに向けて音楽を演奏し、もちろんこのトレーナーを着て、で、盛り上げてからスピーチをする。このロゴが僕らの時代を象徴させる。それが大事なんだよ。このトレーナーを着ることがこの運動を広める意味へと繋がっていく。商品を売るのじゃない、運動を売る。だから２９ユーロに価値が付く」

ぼくらは肩をたたき合った。やれるだけやったらいいと思った。息子は仲間たちとのミーティングに参加すると言って、歩き出した。ぼくはその後ろ姿をじっと見つめていた。やる気というのは人間の才能なのである。少なくとも今の彼にはやる気という才能だけは間違いなくあるようだ。