JINSEI STORIES
滞仏日記、2「剛腕エージェントのフランス風交渉術」 Posted on 2020/02/14 辻 仁成 作家 パリ
某月某日、体調が悪かったが、クレモンティーヌのマネージメントをやってるカワイルミさんがパリの劇場との交渉を引き受けてくれたので、どうしてもそこに顔をださないとならなくなった。というのも前回のライブをやった劇場の支配人がぼくに定期的にコンサートをやってほしいと言い出したのだ。しかも、そこは人気の映画館でもあり、過去作の映画を順次上映していきたいという、これは願ってもない話であった。けれども、ぼくは交渉事が下手で、しかもフランス語ができない。なので、日本とフランスの音楽シーンを長年動かしてきたルミさんの登場となった。しかし、毎回、思うのだけど、この人は日本人離れしている。満面の笑顔で登場し、じゃあ、またと手を振り上げながら去っていく。ゴッドマザーとは、彼女のことを言うのであろう。
劇場の支配人のファブリスも強面で、長年パリで劇場を運営してきた、経験豊富ないわゆる文化の目利きのような男で、十数人の社員を抱え、きれいごとでの仕事は一切しない。印象としては百戦錬磨の経営者という貫禄である。ファブリスとルミがどうやって今後のことをまとめるのか、ぼくは興味深々であった。ぼくが劇場に到着するとすでにルミが笑顔で、ファブリスと向き合い、盛り上がっていた。相手の懐に入って、交渉するこの人ならではの人心掌握術でもある。もともと劇団唐組の役者だった。声も大きく、身振り手振りもダイナミックだ。京都出身で、日本では京都弁で押し通している。
オフィスに入るなり、ルミさんはテンションをあげた。
「で、コンディション(条件)はどんななん?」
ファブリスはいきなり平手で頬を叩かれた格好となった。身を乗り出したルミさん、食ってかかるように、「辻のミュージック、おたく、気に入らはったんでしょ?」と矢継ぎ早に京都弁風のフランス語で攻めた。ファブリスがぼくの音楽について褒めるとすかさず、「じゃあ、コンディションは?」と手を振り上げた。上から目線である。昨今の日本人にここまで豪快な交渉が出来る人を知らない。貫禄たっぷりのファブリスがたじたじである。あ、いや、と俯いてしまった。同じ条件でどうだろう、と呟くや否や、
「気に入ったので定期的にライブやりたいというなら条件を辻に有利にしないとだめでしょ? ファブリスさん」
とすごんだ。ま、そうですね、とファブリスが言った。ぼくとしてはまたここでやらせてもらいたいので、やらせてもらえるだけでもうれしいので、ここで揉めてもらっては困るのだけど、機関車のようなルミさんを誰も止めることが出来ない。手を振り上げ、まくしたてた。折れたファブリスが、その件は本人の前じゃなく、あとで二人で電話でやりとりしませんか、とぼそぼそとルミさんに言いだした。
「いいでしょう。じゃあ、年内のスケジュールをまず決定させてください。彼も私も忙しいので、今、ここで決めちゃいましょう」
首根っこを掴んだら、離さない。そこからパソコンのスケジュール帖と向き合ったファブリスが可愛かった。いや、可哀想だった。クレモンティーヌが日本で大成功をおさめたその理由の一端を覗けた気がした。ともかく、フランス語でのこの交渉術は素晴らしい。
ということで、4月と6月のスケジュールが出た。年末に関しては11月と12月で調整をしようということになった。特に年末はぼくの映画の過去作品の上映とコンサートがセットになっている。ぼくはカバンから過去作のブルーレイを取り出し、彼の前にそっと出して置いてみた。ああ、見ます、とファブリスが言った。
「来年はこの劇場で一週間程度のジャパンフェスをやりましょう。辻の好きな音楽の仲間たちを結集させて」
ファブリスが面白い提案をだしてきた。ルミが僕を振り返り、勝利者の笑みを浮かべて見せた。ああ面白かった。人生は死ぬまで、攻めないとだめだ。陽だまりでくすぶってる暇はない。
辻仁成、ライブ情報
3月8日(日曜)、at resutaurent kunitora Paris
4月16日(木曜)at Theatre L’archipel Paris
5月24日(日曜) atオーチャードホール Tokyo (前売り、2月21日より)
9月19日(土曜)at Theatre L’archipel PARIS
11月、12月、日程未定。at Theatre L’archipel Paris
ライブ前の自撮りです。自撮りで気合いを入れている、行くぜ、還暦おやじ。