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退屈日記「朝は、パン屋に並ぶことから一日がスタートする」 Posted on 2023/09/18 辻 仁成 作家 パリ

某月某日、ここのところ早起きなのである。
爆睡できるので、心地よい目覚めなんんだ。
三四郎を公園に連れて行き、ピッピとポッポ(おしっことか)をさせたあと、一度家に戻り、それから再び、今度は一人でパンを買いに行く。(犬は入れません)
田舎では散歩帰りにカフェに行くが、パリではパン屋に並ぶのが日課。
パン屋に並んでいる間の数分間、ぼくは「今日は何をしようか」決める。
これが渡仏後20年間のぼくの朝の大事な習慣なのである。
僅か数分間のことだけれど、朝の空気につつまれ、「今日は優しい人でいこう」とか「今日はやらなければならない片付けをやっつけちゃおう」などと決めるのだ。
ショーウインドーの中にはケーキが置かれてある。レジの背後の棚には各種パンがずらりと並んでいる。
レジの人が順番に、何にしますか、と訊いて来る。
「バゲット、5本」「胡桃のパンください」「フィッセル、1本」「田舎パン、カットして貰えますか?」などなど・・・。その人の生活が見える。
ここにパリの朝がある。

退屈日記「朝は、パン屋に並ぶことから一日がスタートする」

退屈日記「朝は、パン屋に並ぶことから一日がスタートする」



パンの匂いが好きだ。
その匂いに呼び寄せられるように、出来立てのパンを求めて人々が集まる。
パン屋は、だいたい、百、二百メートルに一軒ずつくらい、あるかな・・・。
フランス人は行列が嫌いな国民だが、朝だけは別なのである。
みんなが焼きたての美味しいパンを求めてやってくる。
ぼくの番が来た。
「ええと、バゲット・トラディションを一つ、それからここのパンオーショコラ、一つ貰います」
お姉さんがきびきびを動く。
最近はどこのパン屋も、釣銭を出すマシーンがあって、お金はそこ。
その間に姉さんたちがパンを袋に詰めて、レジの上に置く。
ぼくは支払いをすませ、パンを掴んでから、
「メルシー、ゴンジョルネ(良い一日を)」
「ブゾーシー(あなたもね)」
言葉が飛び交う。
フランス人は必ず、ボンジュール、を口にする。
店では、まず、ボンジュールから言わないとならない。いきなり要件を言うと、怒られることがある。
「ボンジュールからだよ」
昔、よく窘められたものだった。急いでいる時にこそ、ボンジュール、が大事。
誰かとコミュニケーションを持ちたい場合、ボンジュール、ボンソワー、が大事な国なのである。

退屈日記「朝は、パン屋に並ぶことから一日がスタートする」



誰彼となく、ボンジュールが飛び交う。
とくに朝は、みんながボンジュールを言い合うので、道ですれ違うだけで言われることもあれば、わざわざ言いに来る人もいる。
しかし、このやり取りは、人間の殺伐とした日常に清々しい安心感を与えてくる。
この世界が、ぼくの朝を祝福してくれているのだ、と思えてならない。
ボンジュールという人たちは、なんとなく、みんな笑顔なのだ。
ある頃から、ぼくは率先して「ボンジュール」を言うようになった。
犬連れの人に、「ボンジュール」
肉屋のおじさんに「ボンジュール」
Amazonの人にも「ボンジュール」
公演で寛いでいる人にも「ボンジュール」
朝、ぼくは知っている人、知らない人たちから、たくさんの「ボンジュール」を貰うのである。だから、ぼくもそれだけ返すようになった。
「ボンジュール」
こんな朝は素敵過ぎて、一日が悪い方へむかうはずがない。
気分があがる。
ぼくは焼きたてのパンオーショコラをもって帰り、コーヒーを淹れて、飲む。
三四郎がやってきたので、
「ボンジュール、サンシー」
と笑顔で言った。彼にもわかる、魔法の言葉。
いい朝の始まりであーる。

退屈日記「朝は、パン屋に並ぶことから一日がスタートする」



つづく。

今日も読んでくれてありがとうございます。
新しい一週間がスタートしました。皆さんにも「ボンジュール」良い一日でありますように!!!
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